【春芽】(1)

前頁次頁目次

1  2  3 
 
青葉は2017年9月に《霊界探偵・金沢ドイル》と称して、金沢市内で出没していた“タクシーただ乗り幽霊”の事件を解決し、この経過が金沢〒〒テレビで放送された。
 
この“霊界探偵”シリーズはその後、3ヶ月単位の特番として組まれることになった。
 
2017年12月には石川県内某所にあった“幽霊ホテル”の除霊をすることになったが、こういうのは青葉はあまり得意ではないので、千里姉(千里2)に電話したら「いいよー」と言って、1日で処理してくれた!そこは番組制作後解体されてショッピングモールが建設され始めた。実際廃業したホテルを放置していたら、一度除霊しても、また変なのが集まってきてしまうので、解体するのが良いのである。
 

2017年12月には、お墓関連の小ネタを4件扱った(放送は3月)。
 
お墓を移転したいという人の相談に乗り、お寺さん関係の調整、役場への届出などの指導をしたが、この件は実際には〒〒テレビAD(バイト)でもある水泳部の先輩・幸花さんが実務的なことは処理してくれた。
 
2番目の相談は、戒名が無い人の納骨の件だった。
 
「実は故人はいわゆるニューハーフでして、絶対に○○居士とか○○信士とかいう戒名は嫌だと生前言っていたんです。しかしお寺さんからは男性なのに大姉とか信女とかいう戒名をつける訳にはいかないと言われまして」
 
それで結局戒名を付けないままになってしまったので、そこのお寺にある墓に納骨することができずにいるということだった。
 
(葬儀は一応このお寺でやってくれたが位牌は無しで行った。遺影は女性の姿の物を使用した:実際問題として男装の写真が存在しなかった)
 
青葉は全然他人事ではないので、この件、そのお寺さん、そしてご遺族と、結構な話し合いを持った。そして最終的にお寺さんは折れてくれた。ただ1点だけ頼まれたのは「寺の名前を出さない」「寺も映さない」という点だった。それで結局故人は亡くなってから2年も経ってから「○○大姉」の戒名をもらい、無事三回忌の法要と合わせて納骨することができたのである。
 

続いて相談を受けたのは台風で倒れた墓の処置であった。
 
昨年の台風で墓石が倒れたのを直そうとしたら「13ヶ月ある年に墓をいじるものではない」と知人に言われたのでそのままにしているという人の相談に乗る。
 
2017年は閏五月があって13ヶ月であった。
 
「13ヶ月ある年に墓をいじるなというのは江戸時代の話なんですよ」
と青葉は説明する。
 
「昔のお侍さんは年俸制だったんです。だから12ヶ月の年も13ヶ月の年も、もらえるお給料は同じです。ですから13ヶ月ある年は12ヶ月の年より節約して生活しなければならなかった。お墓をいじるのはどうしてもお金が掛かるので、そういう年にそんなお金の掛かることはするな、という意味だったんです」
 
「そうだったんですか!」
「今ではみんな月給制だから、いついじってもいいんですよ」
「なるほどー」
 
しかしそういう訳で、この人はお寺さんとも相談の上、すぐに墓石を直すことにしたが、最終的には作業は年明けにずれこんだ。
 
もう1件あったのは散骨をしたいという人の相談であった。これは青葉自身はあまり関与せず、霊的には何も問題無いことを説明しただけで、実際の散骨は幸花が主導して、散骨を支援している団体とも相談しながら、とにかく違法にならない形で作業を進めた。
 

2018年4月には、県内の某食品会社に連れて行かれ、ここ数年業績が落ちているのと、社員の間に幽霊の目撃談が多いのに関連がないかと尋ねられた。青葉はその幽霊を多く見るという最新の第三工場に連れて行ってもらった。
 
「何度もお祓いしてもらったのですが一向に改善が見られなくて」
と年配の社長さんは言っていた。
 
「この工場を作られたのはいつですか?」
「5年前なのですが、やはりこの工場に問題ありますか?」
「工場よりも、ここに来る道に問題があります」
「え〜〜!?」
 
青葉は県道からこの工場に入ってくる道が古くからの神仏の領域を侵していることを地図上で説明した。
 
「神様を怒らせているから、お祓いとかすると、更に怒らせます」
「ひゃー」
「道をこのように付け替えられますか?」
と青葉は地図上に線を引いた。
 
「すぐやります!」
と言って、社長はすぐに土木工事会社に依頼。わずか3日で道のルートを変更した。旧道の方は車が通れないようにした上で小さな祠を建てた。
 
すると怪異はピタリと出なくなったのである。
 
この経緯は2018年6月に放送された。
 

青葉は7月6日に信次の通夜に出た後、日本代表に合流し7月7日にスペインに渡航。シェラネバダで高地合宿をした。この合宿は7月14日で終わり、先行して高地合宿をしていたジャネたちと一緒に帰国する。
 
7/15(Sun)GRX 7:00-8:00 MAD
7/15(Sun)MAD 13:05-7/16 9:25 NRT (13'20)
 
成田空港で解散式があり、青葉はその日の内に新幹線で高岡に戻った。
 
7月17日(火)。青葉は帰国したばかりではあるが、〒〒テレビの“霊界探偵”の取材・撮影に担ぎ出された(学校に行けない!)。
 
この日は、怪談雑誌でも何度か取り上げられたことのある、幽霊が出るというトンネルに連れていかれた。
 
「試験前というのに済みません。でも予定をお聞きしたら、この後、全く空きがないようでしたので」
「そうなんですよね。来月上旬にパンパシフィックがあって、そのあと9月頭にはインカレがありますし」
 
テレビ局のエスティマは最初は快適な高速道路を走っていたが、やがてそこから降りて山越えの“国道”に入る。この国道が最初からむしろ“町道か私道だろ?”と思うほど道幅が狭かった。やがてその細い国道からも分かれて県道に入る。
 
「ここは国道は凄く狭い道なんですが、県道は戦後整備されたんでわりと広いんですよ」
と運転手さんは言っていたのだが、その“わりと広い”県道が、かなり狭かった!
 
車は狭い山道を登っていく。20分ほど行った所に小さなトンネルがあった。
 
「どうもここが目的地のようです」
 
それで全員降りた。
 

青葉はそのトンネルを眺めた。
 
「金沢ドイルさんどうですか?」
 
青葉は慎重に周囲を見回してから言った。
 
「何もありません」
 
「幽霊とかいないんですか?」
「幽霊も妖怪もいませんよ。だいたいここって生活道路なのでは?」
 
リサーチャーさんがまとめてくれた過去の雑誌やネットの投稿を見ると、ここの旧道側にある古いトンネルに幽霊が出るという話が書かれているのだが、地図上でもGoogle Mapで見た航空写真でも、「旧道」らしきものが存在しないことが分かる。
 
またその投稿記事や投稿を元に雑誌に掲載された漫画などを見ても、その描写が実際のトンネルの様子と大きく異なっているもの、そもそも明らかに場所が違うものもある。だいたいそこに書かれている内容が「一緒に行った友人が発狂した」とか「車のエンジンが勝手に止まった」とか「自分たち以外に足音が聞こえた」とか“ありがち”な話ばかりである。
 
つまり投稿の多くが「作り物」である可能性が高かった。
 

現地の村人たちにインタビューしても
 
「旧道なんてありません。むしろ新道を造って欲しいです」
ということで、やはりこの集落を通る道はこれ1本のみのようである。
 
「普通に毎日通っているけど」
「幽霊の噂は聞いたことありません」
「その幽霊の噂で暴走族みたいな人が夜中に来て迷惑してるんですけどね」
 
などという声などもあった。更には
 
「台風が近づいてた夜に俺が畑の見回りするのにここ通ろうとしたら、向こうできゃーという悲鳴が聞こえて、走って行く足音が聞こえた」
などという証言!?まであった。
 
そういう訳でこのトンネルに幽霊が出るという話はガセであると判定した。
 

ここが空振りしてしまったので、翌8月18日に、やはり以前1度怪談雑誌に取り上げられたことのある別のトンネルに行ってみることになった。
 
昨日の集落に行く道も凄かったが、まだあちらは「細い」というだけだった。ところがこちらは命の危険を感じた!
 
行く道が高い崖の途中の道であり、幅がほんとに狭いので脱輪するとそのまま谷底に転落しそうである。使用しているのが車幅のあるエスティマなので、ドライバーもかなり神経を使って運転していた。途中湧き水があったので休憩したが、そばにお地蔵さんがあるのに気付く。青葉は五百円玉を供えて、そのお地蔵さんに安全祈願をした。青葉が五百円玉を置いたので、神谷内さんも五百円玉を供えて合掌していた。幸花も百円玉を置いて合掌していた。
 
あとで幸花は「落ちるんじゃないかとヒヤヒヤしていた」と言ったが青葉も同感であった。
 

やがて目的地の集落に到達するが、事前にリサーチャーさんがこの集落出身の人に取材したのでは現地は車での進入は無理ということだったので、途中の神社の前に駐め、その神社にもお参りしてから、歩いて行く。
 
10年ほど前の雑誌に投稿されていた、古い案内図の写真だけを頼りに、薮の中の、どこが道なのか判然としないような所を通り抜け、岩の角を曲がったら、その地点から約2mのところにそのトンネルの入口があった。
 
青葉はギョッとして、みんなを停めた。
 
「ここから先には進まないで下さい」
と言う。
 
「やばいですか?」
「物凄くやばいです。ここ現地の人も誰も通らないのでは?ここまでも人が最近通ったような痕跡が全然無かったですよ」
 
それで撮影もトンネルの遠景を撮るに留めた。
 
「しかしトンネルを向こうから抜けてすぐにこの曲がり角でしょ?転落しますよね?」
と荷物持ちの青山さんが言う。
 
「落ちた人たくさんいるでしょうね」
 
下は100mか200mくらいの切り立った崖である。手摺りとかも無い。雨の日や夜間には転落した人がきっとたくさん居たであろう。
 

現地の町内会長さんに取材したのだが、
「変な奴らが来て事故起こして死なれると遺体回収も大変だから、放送しないで欲しい」
 
と言った。スタッフで話し合った上で、ここがどこなのか、場所のヒントになるようなものを一切映さないことにして、町内会長さんの了承を得た。村人にインタビューするが、顔も映さないし声も変形して放送することにする。
 
「あのトンネルは戦前までは使っていたらしい」
「トンネルというより洞門に近いんだよね」
 
「車は通行できないよ。歩いて通らないといけないし、背の高い人は屈まないと天井にぶつかると祖父さんが言ってた」
「あのトンネルができる前は、崖沿いの幅10cmくらいの道を鎖に捉まって通るか、山越えしないと向こうに行けなかったんだよ。崖沿いの道は毎年誰か転落してたらしい」
 
「戦後まもなくバイクや小型車程度なら通れる**トンネルができて、更に1980年代には大型車も通れて、2車線ですれ違いもできる新**トンネルができたから、みんな今はそちらを通るからね」
 
「幽霊の噂はあるけど、誰も行かないから確認できない」
 
それで1日掛けて取材して金沢に戻ってきたのだが、撮影したはずのトンネルの遠景が全く映っていなかった。ビデオの方もデジカメ、それに神谷内さんが念のためと言って撮影していたスマホのカメラにも写っていなかった。
 
それどころか神谷内ディレクターのスマホから写真が大量に蒸発していて、彼は悲鳴をあげていた。
 
「クラウドに上げていたものまで消えるなんて信じられない」
 
「まああの映像は流さない方がいいでしょうね」
と青葉は言った。
 
しかしどうもこちらは本物のようだということで、無事だった画像やインタビューなどを中心にまとめて9月に放送しようということになった。
 

青葉は8月9-12日にパンパシフィック選手権に出るため東京に出て行ったのだが、この時、些細なことで彪志と喧嘩してしまった。しかしその怒りのパワーで!?金メダルを取ってしまった。青葉にとっては国際大会で取った初めての金メダルである。
 
彪志とは何度か和解しようとしたものの、なかなか直接会うことができず、電話しても、また喧嘩してしまって「もう別れる」などという話になるまでこじれてしまった。和実が心配していろいろアドバイスしてくれたのだが、青葉は素直になることができなかった。
 

8月23日(木).
 
この日、大阪では緩菜が生まれ、千里1がそれに立ち会ったのだが、前日まで代表合宿をしていた千里3は朝から高岡の青葉の家までやってきた。青葉は千里の突然の来訪に驚くが、千里は言った。
 
「強盗だ。お前の身体をよこせ」
「私の身体が目的なの〜〜?」
 
「まあ性転換手術しよってんじゃないからこちらに任せてよ」
「性転換は困る!」
 
青葉が思わず笑った瞬間、千里は不可視状態で随伴していた《せいちゃん》を青葉に飛びかからせた。
 
そして青葉に取り憑いていた悪霊を剥がして処分してしまったのである。
 
青葉はスッキリしてしまったので驚く。
 
「あれれ?」
「青葉、紺屋(こうや)の白袴(*1)」
 
「え〜〜〜〜!?」
 
そして青葉が除霊されてしまうと、《雪娘》と《姫様》が言った。
 
『青葉、私たちがずっと呼びかけていたのに全然反応してなかった』
『青葉、わらわの声も聞いていなかったから、罰として30kmジョギング』
 
そして千里は言った。
 
「青葉、彪志君と喧嘩したのは、変な霊に憑かれていたからだよ」
 
千里がこの日わざわざ高岡まで来たのは、実は《雪娘》が助けて欲しいと言いに来たからである。千里2は海外にいるので、国内にいる千里3に助けを求めたのである。
 

(*1)紺屋の白袴とは、染め物屋が忙しすぎて自身の袴を染めることができず染めないまま穿いていることを言い、専門家なのに自分のことがお留守になっていること。医者の不養生も類義。ソフトハウスはしばしば自身の作業のコンピュータ化が遅れていたりする。
 

千里は更に青葉を盛岡に連れていき、彪志・文月と“お見合い”をさせて、両者を和解させた。これも千里が前夜に彪志に連絡して、こういう席を設けることを決めていたのである。文月もさすがに反省していたので、青葉に謝らなければというので出てくれた。
 
「でも私、いつの間に変なのに憑かれたんだろう?」
「千里1の死の呪いと闘った時かもね」
「・・・それはあるかも」
 
「あの場に居た、他の人たちもチェックしてあげて」
「分かった!」
 
青葉はその日は“お見合い”をしたホテルに彪志と一緒に泊まり、翌24日に高岡に帰還した。信次の死の時に近くに居た人たちのメンテをしなければと思っていたのだが、予定が詰まっていてなかなかできない。
 
8月25日は富山県水泳選手権に出場。28日は東京のテレビ局でセミナーに出席。29日は大阪のテレビ局でセミナー出席。そしてインカレが迫っているので、その後は金沢に戻って水泳部のメンバーたちと一緒に練習に励んだ。
 

インカレでK大水泳部は、女子は昨年6位でシード校になっており、男子も中部選手権で2位になり団体出場している。それで標準記録さえ突破していれば出られるので男女8人ずつ、それにマネージャーとして、女子部長の布恋、男子部長の佐原、の2人を同行させようということになる。今年は男女の部長がどちらも標準記録を突破しておらず選手としては参加できないのである。
 
幸花は、その日、来春就職予定の会社の職場体験があるのでパスという話だった。ところが申込期限の8月7日になって
 
「不合格になって面接が無くなった。まだ参加できる?」
と言うので、本当にギリギリだったのだが、幸花をマネージャーとして追加登録した。
 

「でも幸花さん、〒〒テレビにそのまま就職するのかと思った」
「あそこはあくまでバイト。正社員の枠は狭い」
「そういうものですか?いっそそのままバイトで勤め続けるというのは?」
「それは最後の手段だけど、バイトの給料は安いから」
「ああ」
 
「それにどうも神谷内さんがもしかしたら退職するかもという話で」
「え〜〜!?なんで?」
「テレビ局の幹部さんと衝突したみたい」
 
「あぁ・・・」
 
「じゃ青葉がやってる金沢ドイルシリーズは?」
「あれも終わるかもね」
「私あれずっとは、やっていきたくないけど、神谷内さんが退職するのは悲しいね」
と青葉は言った。
 

インカレは横浜国際プールで9月6-9日に行われ、青葉たちは女子は再度シード権を獲得、男子も12位とまずまずの成績であった。水泳部のメンバーは9日夜遅く金沢に帰還した。
 

西湖は9月5日,6日に行われた水泳の授業にはうまく参加できて「かなり泳ぐね!」と言って、先生から褒められた。やはり女子の中にはそもそも泳げない子とか、少しは泳げるが25mの端までたどり着けない子が多い。
 
「私はとっくりだと言われた」
などと紀子が言っている。
 
「何それ?」
 
「カナヅチは水に飛び込むとそのまま沈んでいく。とっくりは一瞬浮くけど、やがて沈んでいく」
 
「つまり少しは泳げるんだ!」
「飛び込んで5mくらいかなあ」
「それは飛び込んだ勢いで進む距離では?」
 

結局水泳大会で、西湖は200m(25mプール4往復)と、100mリレー(25m×4)に出場することになった。
 
西湖たちのクラスは30人だが、クロールで25m泳げる子が実は西湖を含めて4人しかいないので、その4人でリレーのメンバーを組んだのである!
 
西湖は自分がここしばらく水泳の特訓をしていなかったら、リレーのメンバーが組めなかったじゃん!と思った。一応途中で立ち上がってまた泳ぎ出したり、最悪水中歩行で向こうまで到達してもいいことになっているらしい。
 
紀子は5mしか泳げないということで潜水に参加することになった。潜水で何秒水中に居られるかを競うものである。
 
「潜水の世界記録更新を狙おうかな」
「それって永久に浮かんでこないという奴?」
「ソビエト連邦の潜水艦ノブゴロドは1950年に潜水して以来潜水記録を更新中」
「むむむ」
 
他に、平泳ぎ、背泳ぎ、横泳ぎなどの種目もあるので、クロールであまり長距離泳げない子はそういうのに参加したりもする。
 

当日は多数の生徒が着替えるので、プール付属の更衣室ではとても足りない。それで3年生はプール付属の“男女”の更衣室で着替え、1〜2年生はプールの上にある第2体育館で着替えることになった。
 
「そういえばうちの学校は女子校だけど男子更衣室もあるんだよね」
「まあここで中体連・高体連の水泳大会がおこなわれることもあるから、その時のための設備なんだけどね」
「男子にとっては女子高に入れる数少ないチャンス」
「そういう場合と、校内水泳大会の時しか使わない」
 
なお男性教師は管理室の中で着替えているようである。女性教師は生徒たちと一緒に女子更衣室で着替える。
 
西湖たちは体育館のクラスの立て札のある付近で適当に集まり適当におしゃべりしながら着替えたが、最初から水着を制服の下に着ていた子も結構いた。西湖もその方式である。
 
「それ、トイレたいへんだったでしょう?」
「トイレに行く時は全部脱いだ」
「それしかないよね」
「男の子だと、水着をちょっとずらせばできるよね?」
「あれ?男子の水着ってちんちん出す所ついてるんじゃないの?」
「そうなんだっけ?」
「あれってずらさなくても、そのまま出せないの?」
「そのまま出せるのなら、泳いでいる最中に飛び出してくる気がする」
「確かに!」
 

みな男子の水着の構造がよく分からないので妙な議論をしている。しかし弟がいる子があっけなく答えを出す。
 
「男子の水着は全体を少し下にずらせばできる」
「なるほど!」
「その手があったか」
 
「だって女子のビキニだって下にずらせばできる」
「あっそうか!」
「ビキニ着たことなかった」
 
そんなことを言っていた時、ざわっと声がするのでそちらを見ると、なんと紀子がビキニを着ているのである。
 
「あんたそれで泳ぐの?」
「私は潜水に出るだけだからこれで問題ないはず」
「それ校則違反じゃないんだっけ?」
「生徒手帳を確認したけど、ビキニを着てはいけないという規則は書かれていなかった」
 
やがて小川先生が回ってくるが、案の定、見とがめられる。
 
「立花さん、そんな水着着てきたの?」
「校則違反ですか?」
「おっぱい出したりとか、丸裸とかは『本校生徒にふさわしくない服装』ということで違反だけど、ビキニは違反とは言い切れない。でもそれ取れても自己責任だからね」
 
「でもどうせ女子ばかりだし」
「男の先生もいるよ」
「女生徒の実態を知ってもらうということで」
 

小川先生は寛容なので、結果的には黙殺に近い形で容認してくれたようである。しかし先生が行った後で議論した。
 
「おっぱい出してたら違反ということは、男子水着を着て参加したら、違反になるのかな」
「そもそも、おっぱいの無い子はそれでも違反にならないかも」
 
「ということなら、生徒の中にひょっとして男子が混じっていたら、男子水着で参加してもいい?」
 
「でももし男子が混じっていて、ここでみんなと一緒に着替えていたりしたら、やはり死刑だよね」
 
「当然。下半身生き埋めにして石撃ちの刑だな」
「それ、逆さまにして上半身を生き埋めにして石撃ちの刑の方がよくない?」
「あれめがけて投げる訳?」
「当然。あれがついてるのに女子と一緒に着替えていたなんて、そのくらいされて当然」
 
こっわぁ〜!と西湖は思った。
 

大会はクロールの距離の短い方から実施された。
 
最初はクロール8m!である。ここに出てきている子たちはあまり水泳の得意ではない子と思われるが、それでもその8mに到達できず、途中で立ち上がって泳ぎ直す子も多数いた。
 
その後、クロール16mをやって、やっとクロール25mになる。
 
この参加者が50名ほどいたようで、7組やったが、タイムで上位8組がA決勝、それに続く8名がB決勝に進む。しかしこの25mでも結構途中で立ち上がって泳ぎ直す子が居た。
 
ここでいったん他の泳法が入る。
 
平泳ぎ25mが行われるが、顔を出したまま泳いでもよいということだったので、それで頑張って泳ぐ子がかなり多かった。どうも事前の泳ぎを見てまともに泳げる子を最後の方に集めたようで、最後の2つの組の参加者はちゃんと顔をつけて本来の平泳ぎの形で泳いでいる子が大半だった。これもタイムレースで上位16名がA決勝・B決勝に進む。
 
更に背泳ぎ25mが行われる。これは息継ぎの必要がないので、身体をまっすぐ伸ばすことができさえすれば泳げる。そもそも女子には背泳ぎがわりと得意な子は多いので、参加者は平泳ぎより多かった。
 
更に横泳ぎ25mが行われる。これも息継ぎが必要無いので、結構な参加者が居た。
 

クロールに戻って、50m, 100m, 200m が行われる。
 
50mは3組行われタイム決勝である。これはいわゆる「平均分け」をしていて、事前に測定したタイムにより、3つの組の平均タイムが揃うようにしていた。さすが50mに出てくる子たちはしっかり泳ぐ。ただしターンが出来る子は全くおらず、全員向こうでいったん立ち止まり、それからこちらに泳いで戻って来た。
 
100mは2組でこれもタイム決勝・平均分けである。これに出た子はほとんどの子がターンができるので、向こう側でくるっと回って壁を蹴って泳いで戻ってくる。それでも何人か壁の前で立ち上がってから泳ぎ直す子もいた。
 
そして西湖が出る200mになる。これは1組のみである。実際問題として参加者は7名。西湖は事前のタイムが最も悪かったらしく右端の1コースである。コースの割り当ては事前タイム順に4→5→3→6→2→7→1→8らしい。やはりボクはこないだやっと泳げるようになったばかりだもんなあと思う。
 
ブザーとともに飛び込んでスタートする。西湖は気持ちよく泳いでいた。どうせボクが一番遅いんだからと思い、勝敗は考えていない。ほんの半月前までは全く泳げなかったのが、合計6日間の特訓で400mくらい泳げるようになっている。我ながら凄いなと思ったが、その半月前はボク男の子だったんだよね、と思うと可笑しくなってきた。今は自分が女の子であることを自然に受け入れている。でもまだ女の子になりたてで「芽」くらいかなという気もする。その内、葉が出て茎や枝も育って、やがて女として花咲けば・・・と考えてから、あれ〜?ボク1年後に男の子に戻るのにと思う。その時誰かがクスクスと笑った気がした。
 
でも女の子の身体って結構いいよね!ね?
 
水中に設置されている残り回数のカウンターがゼロになっている。タッチ板にタッチする。結構疲れたなと思って少し息を整えている内に拍手が聞こえた。どうも最後の泳者がゴールしたようだ。なにげなくタイム表示板を見る。
 
1.Sakai_ 2:19.27
2.Nakata 3:40.62
3.Amagi_ 4:31.02
4.Manaka 5:12.33
5.Yamada 5:38.67
6.Kawai_ 5:51.36
7.Tamae_ 6:42.98
 
え?ボクまさか3位に入っちゃった? うっそー!?
 
これが半月前の西湖なら、男の子の身体で女子の競技の上位に入るのは申し訳無いと思い、辞退していたのだろうが、今は西湖は本当の女の子に身体になってしまったので、特にうしろめたさは感じない。
 
それで笑顔で退水してプールサイドに置かれた表彰台に登る。そして3位の賞状を受け取って、みんなに手を振った。
 

なお西湖の“性別問題”について小川先生は後から
 
「ごめんね。ハンディキャップ代わりに条件の悪い1コースにした」
と言った上で
 
「優勝した場合はさすがに純粋女子たちに悪いからフライングがあったことにして失格にしようかと思ったけど、3位なら、まあいいかということにしたから。もっとも亜里沙ちゃんがいるから大丈夫とは思ってたけどね」
 
と言っていた。優勝した坂居さんは圧倒的な速さだが、実は水泳部の子である。
 
レースが終わった後で彼女に
「さすが速いですね」
と西湖が言ったら
 
「ありがと。でもせめて2:12を切らないと大会では決勝に残れないのよね」
などと言っていた。
 
西湖はその倍の時間掛かっている!
 
水泳選手って凄いなと思った。
 

このあと、潜水が行われるが、参加者全員の所に1人ずつ先生がついていて、様子がおかしかったら救助に入ることになっている。
 
紀子は3組目で出てきたが、ビキニ姿にざわめきが起きる。
 
800人ほどの生徒の中でビキニなんて着ているのは紀子だけである。しかし紀子は平気な顔をしている。このあたりの度胸はさすがに芸能人である。
 
スタートの合図があり全員プールの中に入る。
 
みんな10秒くらいは平気だ。しかし13-14秒で飛び出してくる子もいる。20秒をすぎるとどんどんリタイアする。30秒をすぎた所で残っているのは紀子を含めて2人だけである。1分をすぎた所で1人リタイアする。紀子はまだ頑張っている。
 
1分半すぎた所で、先生が水中に入り、大丈夫なのかどうか確認しているようである。先生の方は何度も水に出入りしながら紀子の様子を確認している。
 
とうとう4分まで行ったところで“レフリーストップ”が掛かり、紀子は促されて水上に顔を出した。
 
思わず凄い拍手がある。紀子はそれに応えて手を振ったり、投げキッスまでしている。
 
凄い!
 
と西湖は思った。彼女は今スターだ!
 

紀子は結局圧倒的な長さで1位になり、賞状と記念品をもらっていた。
 
後で本人に聞いたら、お風呂の中で息を止めているのでは、7-8分続けられるらしい。
 
「私、小さい頃民謡習っていたから、息の無駄の無い使い方を覚えたのよね」
 
「管楽器とかできそう」
「うん。実はフルートはかなりブレス無しで吹ける」
「へー!」
「小学校の時は吹奏楽部でフルートやりたかったけど、サックスに回されたんだよね」
「じゃサックスも吹けるんだ?」
 
「楽器はフルートしか持ってないけどね。これはFlower Lightsのお仕事始めてから自分で買ったもの」
「自分で買うって偉ーい」
「だってうちの家貧乏だったし」
 
「紀子、歌手とかやめてフルート奏者かサックス奏者になったら?」
「え〜〜〜〜!?」
 
「だって紀子音感無いし」
「うっ」
「そうハッキリ言ったら可哀相だよ」
「えーん」
 
なお水泳大会や水泳の授業でのビキニ使用は、翌年から禁止規定が明文化された!
 

潜水の後はビート板25mがあるが、これがかなり参加者が多い。自力ではとても泳げないもののビート板に捉まってなら何とかなるという子たちだ。しかし本当はこの子たちはクロールの型さえ覚えたらちゃんと普通に泳げるはずなのである。しかし体育の時間ではなかなか個別指導までできない。西湖がほんの6日間の練習で泳げるようになったのは最初は少人数の教室で指導され、後半は千里に個人指導を受けたからだ。まあオマケで女の子になっちゃったけどね!?
 
この競技が終わった後は、各泳法25mのB決勝・A決勝が、クロール→平泳ぎ→背泳ぎ→横泳ぎの順に行われ、その後これらの競技の分まとめて1〜3位の人の表彰式が行われた。
 

そして最後にクラス対抗リレーがある。これは学年単位で競技が行われ、各1〜3位が表彰される。西湖たち4年生が最初に競技をおこなう。コースは直前に抽選をおこなって4年7組は割と良い6コースを引き当てた。
 
西湖は第1泳者である。ブザーとともに飛び込み、全力で泳ぐ。25mはあっという間に到達する。タッチ板にタッチするより微妙に早く第2泳者の優美が飛び込んだ気がした。なおこのリレーでは引き継ぎ時間はあからさまに酷い(-1.0秒以上)場合を除いて違反にはしないらしい。ただしし引き継ぎ時間が-0.1秒以上あった場合はその超過分を最終タイムに加算することになっている。
 
急いで退水する。第4泳者の典絵がスタート台に登る。それでプールの上から見ていると優美は2番手を泳いでいる。すごー!と思う。
 
典絵から訊かれる。
「聖子ちゃんって、スポーツとかしてたの?」
「全然。実は8月下旬まで全く泳げなかった」
「え〜〜?」
 
「でも8月下旬に区のプールに行ったら初心者教室やってて、それに参加して泳げるようになって。9月頭にプールで先輩と遭遇して、その人が凄く丁寧に教えてくれて結構スピードアップしたんだよ。その人、バスケットの選手なんだけど、やはりスポーツやっている人から教えられたんでよくなったみたい」
 
「凄いね」
 
「その人に泳ぐときの姿勢とか直されたら、それだけで随分スピードアップしたんだよ」
「そうそう。スピードが極端に遅い子は姿勢がそもそも悪かったり、息継ぎで体勢が崩れる子が多い」
「自分でもこんなにスピードアップするとはとびっくりした」
 
「でもやはり基本的な体力があったのもあるかもね」
「ああ。体力だけは、日々のハードな仕事で鍛えられている」
「なるほどー!」
 
第3泳者の文佳はトップで戻って来た。しかしそれに追いすがる8組の最終泳者は水泳部に入っている子だ。典絵はテニス部である!
 
典絵と8組の子が相次いで飛び込んだ。
 
物凄いデッドヒートになる。
 
そして最後もほとんど同時にゴールしたように見えた。
 

最初
 
1.4-8 1:53.57
2.4-7 1:53.58
3.4-6 2:10.69
 
のように表示されたのだが、すぐに表示が消えてしまった。
 
どうしたんだろう?と思っていたら、このように変更されて表示された。
 
1.4-7 1:54.08
2.4-8 1:54.23
3.4-6 2:10.69
 
小川先生がマイクを持って説明した。
 
「今のレースですが、4年7組の第1泳者と第2泳者の引き継ぎ時間が-0.60秒でしたので規定により0.50秒加えました。また4年8組の第2泳者と第3泳者の引き継ぎ時間が-0.76秒でしたのでこれも規定により0.66秒加えました。それで最終的に現在表示されているタイムになりました」
 
7組の子たちのいる界隈が大いに沸く。
 
そういう訳で西湖たちはこのリレーで優勝したのであった。4人で身体をくっつけるようにして表彰台に登る。
 
水着でこんなに身体をくっつけあうと、1学期ならけっこう緊張していたろうけど、今は自分も女の子の身体なので何の遠慮も無しで身体をくっつけあった。
 
典絵が代表で賞状をもらい、聖子が優美に言われて記念品のボールペンをもらった。アクアメタリックのボディに黒い文字で“酒井学園水泳大会2018優勝”と印刷されている。何となくいいなあと思った。メダルとか楯とかより、こういう実用品の方が良い感じだ。
 
そういう訳でこの水泳大会で西湖は賞状2枚と優勝記念品までもらったのであった。
 

青葉は9月10-11日に名古屋と千葉に行ってくることにした。
 
9月12日には淳が富山県射水市の病院で性転換手術を受けるのでそのヒーリングをしてあげたい。それでその2日だけで帰ってくるつもりである。目的は先日千里姉から言われた「死の呪いと戦った時に青葉自身が悪霊に憑かれたのではないか」という問題である。それでこれに関わった可能性のある、○○建設の社員さんたち、そして千葉の川島家の人たちで、悪霊に憑かれている人がいないか確認し、いたら即除霊してあげようということなのである。
 
○○建設を訪問する言い訳は「川島が亡くなった時、同時にアパートがガス爆発にやられた時に、色々お手伝いしてもらった御礼参り」ということである。青葉は10日(月)朝から、しらさぎを使って名古屋に出た。
 

高橋課長は青葉を歓迎してくれた。労災問題で揉めているので警戒されるかな?という気もしたのだが、どうもそれは法務部に任せている感じである。青葉が「みなさんで分けてください」と言って《中田屋のきんつば》を出すと「おお!これ美味しいですよね」と言って、女子社員に渡してみんなに配らせていた。
 
課長と青葉は大部屋の隅にある応接セットの所で話していたのだが、話をしながら、霊的なトラブルを抱えている人がいないか、ずっと霊査していた。しかし特に大きな問題を抱えている人はいなかった。雑多な霊を憑けている人が1人いたが、放置した。
 
雑多な霊を憑けている人は憑けやすい環境にいることが考えられる。この手の物は安易に祓うと大物が出てくる可能性もある。
 
そういう問題では青葉はこれまで何度も菊枝や千里から叱られている。
 
霊的な問題ではいかにも簡単に見えるものほど恐ろしいのである。
 
青葉は信次が亡くなった場所で祈りを捧げたいと言い、その工事現場につれていってもらった。やはり人が死んだ場所ということで多少の霊は集まっているが大したものではない。青葉は“珠”の作用でここを浄化しておいたが、
 
「あれ?なんかここ明るくなった気がする」
などと高橋課長は言っていた。
 

建設会社の方には巻き込まれた人はいないようなので、青葉は千葉に移動した。まずは信次の実家に顔を出す。千里姉は出かけているということだった。四十九日が終わった後は、毎日(女性の)お友だちと一緒にどこかに出かけ、日に日に明るくなっていると聞き安心した。
 
ちー姉1番さんも、そろそろ立ち直らなきゃね。
 
仏壇の前で手を合わせて般若心経を唱える。それからここにも中田屋のきんつばを出し、色々話しながらお母さんの様子を伺うが、むしろ明るい感じだ。やはり翔和が生まれて生き甲斐になっているんだろうなという気がした。1時間程話してから、太一さんの所にも挨拶しておきたいと言うと奥さんの亜矢芽さんに連絡して・・・結局康子さんと一緒に!タクシーでそちらに向かう。
 
要するに孫に会いに行く理由ができてちょうど良かったようだ。
 
到着したのが17時前である。お土産を渡し、翔和ちゃん、可愛いね〜、などといって3人でおしゃべりしている内に太一さんも帰宅する。結局ピザの宅配を頼んで4人で摘まみながら1時間ほど話し、それで適当な所で帰ることにした。千葉駅までは太一さんが車で送ってくれた。
 

総武線で西船橋まで行き、地下鉄東西線で大手町まで行き千代田線(小田急線に直行)に乗り換え、経堂まで行く。
 
それで桃香が帰ってくるまで、ひたすら台所を片付ける!ごはんを炊こうと思ったらお米が存在しない!ので米を5kg買ってきて、炊飯器を丁寧に掃除してから!2合炊いた。
 
やっと片付いた所で桃香が早月を連れて戻ってきた。
 
「桃姉お帰り。お総菜買ってきたよ」
「おお、それは素晴らしい!」
「中田屋のきんつばもあるよ」
「おお、これはとってもステキだ」
 
それで一緒に炊きたての御飯と一緒に食べながら桃香の様子を伺う。
 
全く問題無い。
 
死の呪いの時の影響なら桃香が一番影響を受けやすかったはずだが、問題無いようである。今回千里1には会ってないが、千里1に何かあったら眷属さんたちが処理しているだろう。
 
それで22時半頃に桃香の家を出て大宮に向かう(小田急で新宿に出て埼京線)。その電車で大宮方面に向かいながら青葉はじっと考えていた。
 

誰にも悪霊らしきものは憑いていない。
 
それでずっと考えていた時、ひとつの可能性を思いついた。
 
自分に悪霊が憑いたのは、信次さんに(元々は千里1に)掛けられた呪いを処理した時では「ない」という可能性だ。
 
よくよく考えてみると、青葉は7月5日に千里3と電話で話している。その時自分に何か憑いていたら、その時点で千里3は注意してくれていたろう。だからそれ以降だ。彪志と喧嘩してしまった8月7日には取り憑かれていたのだから、範囲は7月5日夜から8月7日夕方までの間に絞られる。
 

トンネルだ。
 
と青葉は気がついた。あの時、神谷内ディレクターは自分のスマホの画像まで消えている。
 
そうだ。そしてその後、神谷内さんは上司と衝突したんだ。そして幸花は就職先にほぼ内定していた所を落とされた。
 
まさにこれこそ霊障なのでは?
 
それで青葉はチラッと《姫様》を見た。
 
「お前は名古屋や千葉に来る前にそのことに気付くべきだった」
と《姫様》。
 
そして《雪娘》が言う。
「ごめーん、青葉。玉依姫様からその件も言うの禁じられていたから」
 
「その程度のことすぐに気付くようでなければ、青葉はまだ20年は千里に勝てんぞ」
 
「別に勝負している訳ではありませんが」
「罰として妾(わらわ)にも中田屋のきんつばを」
 
青葉は吹き出した。
 
「分かりました。金沢に戻ったら買ってきます」
 
なお先日姫様から課された30kmジョギングはしっかりやって課題をクリアしている。
 

青葉は彪志のアパートで1泊すると翌日朝1番の新幹線で金沢に戻った。
 
大宮9/11 6:42-8:46金沢
 
そして〒〒テレビに行き、神谷内ディレクターに面会を求めた。
 
「おはよう、金沢ドイルさん。実は霊界探偵の件だけど・・・」
と神谷内が応接室に入ってきて、言いかけた所で青葉は“珠”の作用で彼に憑いていたものを一気に浄化してしまった。
 
それは悪霊というより、霊的な被覆のようなものであった。溶解した妖怪?が全体を覆ってしまい感覚を遮断してしまう。悪霊自体の作用以前に、ものごとに気付きにくくなり、イージーミスも起こしやすいし、空気を読めなくなって人と衝突しやすい。
 
「あれ!?」
と言って彼は自分の身体を見ている。
 
「何か凄くスッキリしたような気がする」
 
「神谷内さん、例の**村のトンネル。あそこに行った時にやられたんですよ」
 
「え〜〜〜!?」
 
「申し訳ありません。私自身がどうも真っ先にやられてしまって、他の人を守れなかったようです。考えてみると、あの時、私が先頭に立っていたんですよね。不意打ちをくらったみたいで。その悪霊の作用で、人と衝突しやすくなるんです。私も実は婚約者と喧嘩して、一時はもう別れるなんて話になっていたんですよ」
 
「マジ!?」
 
「私の姉が気付いて、私の除霊をしてくれました。それで婚約者とも和解したのですが、いつやられたものか特定するのに時間が掛かりました。昨日やっと**村に行った時だということに気付いて、きっとあの時居た人がみんなやられていると思って、まずは神谷内さんの所に来たんです」
 
「わぁ」
 
「だから神谷内さんが上司の方と衝突したのも、そのせいですよ」
「うっ・・・」
 
「あの時一緒に取材に行った人全員の除霊をする必要があります。あの時居た人全員と会わせてください」
 
「分かった!」
 

カメラマンさんは社員で、局内に居たのですぐ会うことができ、すぐ除霊した。
 
「悪霊のせいだったんですか! 実はあの後、7月下旬に通行帯違反で切符切られたんですよ」
「注意力が落ちますからありえます。すみません。私もすぐ気がつかなくて。その反則金、私が出しますよ。経歴は消せないですけど、せめてものお詫びに」
と青葉は言ったが
 
「いや、そういうことであれば番組の製作費から出していいと思う」
と神谷内さんは言っている。
 
「これ後から再現ドラマやるから、今のやりとり覚えてて」
「はい!」
 
助手の人とドライバーの人は外部委託の人だということで呼び出す。またADの幸花も今日は出社していなかったので呼び出した。
 

最初に幸花が到着したので除霊した。
 
「凄く身体が軽くなったような気分」
「余分なものを憑けて動いていたからね」
「なるほど」
 
「たぶん就職内定してたのを落とされたのはそのせい」
「うっそー!?」
「幸花さん、もういっそこのままこの局で働き続けたら」
「もうそれでもいいかなあ」
「僕の首がつながったら、待遇は少し考えてあげるよ」
と神谷内さんは言っている。
 
少し遅れてドライバーさんがやってきた。すぐに除霊する。
 
「なんか凄くスッキリした気分です」
「みんなそう言いますね。あの取材に行った後、8月とかに何か変なことはありませんでしたか?」
 
「あ、ひょっとして・・・大阪に行っている娘と成人式の着物のことで喧嘩してしまったのですが、それとか」
「あり得ます。必要でしたら、私が悪霊のせいだったことを説明しますから、娘さんの所に行って和解してきてください。大阪までの交通費も私が出しますよ」
 
「いやむしろ番組の製作費から出すからさ。それ娘さんと和解できたら、それも再現ドラマやらせてよ」
「はい、それは構いません」
 

お昼近くになってから撮影助手の青山さんがやってきたので除霊する。彼に最近変なことが無かったか尋ねると、
 
「凄く奇妙な体験をしたんですけど、こういうのも関係ありますかね?」
と彼は尋ねた。
 
「どんなこと?」
「お盆の間に集中してできるバイトを探していたんですよ。それでバイト探しのサイト見てて8月14-16日の3日間のみ、経験不問、軽作業、清掃・抜根・除草・荷運びなどって書かれていたんですよ」
 
「建築現場とかの補助作業かな」
「それで電話したら、取り敢えず来てみてと言われて行ったら飲食店で」
「へ!?」
「それで面接受けたら、いきなり『あんた合格』って言われて」
「へー!」
 
「それで時給2000円、1日7時間勤務。休憩1時間。取り敢えず8月10日から12日までの3日間、というのでいいか?と訊かれて、日程はサイトで見たのと違うけど、凄い高給だから、放送局のバイトと重なってないのを確認して『はい。いいです』と答えたのですが」
 
「なんか変な仕事だった?」
「オカマバーだったんです」
 
「え〜〜〜!?」
 
「あら、あなたこういうの初めて?とか言われて、足の毛と脇の毛を剃られて、眉毛とかも細く切られて、女物の下着着せられて。この時、あそこは立たないようにがっちりとガードルで押さえられました」
 
「なるほど」
「それでドレス着せられてロングヘアのウィッグかぶせられて、お化粧もされたら、何か鏡見て美しいんですよ」
 
「美人になると一瞬で分かったから高給を払ってくれたんだな」
 
「でも鏡見ていたら変な気分になっちゃって」
「ああ」
 
「もしかして『除草』は『女装』の変換ミスだったのだろうかとか考えました」
と青山さんが言うと
 
「『清掃』は『精巣』の変換ミスだったりして」
とドライバーさん。
 
「『抜根』は『抜男根』の脱字だったりして。ひとつ前の精巣と合わせて、精巣と男根を抜く、と」
と言ったのは幸花である。
 
「ひぇー!まだ僕男を辞めたくないです」
 
「でもその3日間女になったんだ?」
「そうなんですよ。なんか僕気に入られたみたいで、お客さんから次はいつ入るの?指名するよとか言われて焦りました」
 
「いっそそういう仕事に転職する?」
「勘弁してください。ほんとに玉取られちゃいそう」
 
「でもいいバイトになったでしょ?」
「お客さんに凄い好評だったから色つけておくねと言われて、結局6万円ももらいました」
「実質4日分か」
「そうなんですよ!こちらのバイトの1ヶ月分より多いからびっくりして」
 
「安い給料で済まん。青山君、いっそ女装で助手する?」
 
「・・・。待って下さい。今一瞬悩んじゃいましたよ」
 
結局はサイトのリストを見ていた時、どうも1行間違ってクリックしてしまったようだということであった。
 
「その手の単純ミスが起きやすいんですよ」
と青葉はコメントしておいたが、彼の話は青葉としてもかなり笑ってしまった。
 

青葉はあの時取材に使用したエスティマ、そしてカメラ類もチェックした。ビデオカメラは最近トラブルが多いが高価なもの(購入価格800万円)なのでどうしようと言っていたらしい。青葉は浄化した上で
「これでまだトラブルが起きるようなら物理的な問題ですね」
と言った。
 
一方あの時持って行ったスティルカメラ(Nikon Z7 購入価格40万円)は調子が悪すぎて廃棄してしまったらしい。
 
「じゃそれは追えませんね」
「うん。処分を依頼した業者がちゃんと処分してくれたことを祈るだけだね」
「中古として横流ししていたら、それを買った人に影響出ますよね?」
「あり得るけど、追及不能ですね」
「それもしシリアル番号とか分かれば放送で流す手もあると思います」
「よし、それはしよう。もしその型番のを持っていたら放送局で買い取るとか」
「出てくる可能性ありますね」
 
エスティマはやはり変なものがこびりついていたので、青葉が浄化した。
 
「仕上げに洗車機にでも入れると完全にきれいになりますよ」
「僕たちもお風呂とかに入った方がいい?」
「入る時は、家族の最後に入って、お湯は流して浴槽の掃除もして下さい」
「分かった!」
 

ここまで済んだ段階で神谷内は、衝突してしまった石崎制作部長の所に行き、改めて先日の件を謝罪し、その上で実は7月中旬に取材に行った所で取り憑かれた悪霊のせいで自分が他人と衝突しやすくなっていたことを説明した。
 
石崎さんが仰天するが、そのせいで、金沢ドイル自身も婚約者と喧嘩して破局寸前まで行ったこと、助手は変なバイトをするハメになり、ADはほぼ内定していた就職先から断られたこと、ドライバーは娘さんと喧嘩し、カメラマンは交通違反切符を切られたことを話すと、部長は腕を組んで聞いていた。
 
「全員、今日金沢ドイルさんに除霊してもらったら、スッキリした気分になりまして」
 
石崎部長は金沢ドイルにも話を聞きたいということだったので、青葉は自分の不手際であるとして陳謝した上で、状況を説明した。
 
「ということはそのトンネルはとんでもない危険スポットということか」
「ええ。ですから、その場所が特定できない、あるいはわざとミスリードするような形で番組は編集した方がいいと思います」
 
「そのあたりは編集で何とかなるよね?」
と神谷内さんに訊く。
「はい。それはちゃんとします。更に悪霊に取り憑かれる人が出ては困りますから」
 
「しかし金沢ドイルさんも、それよく気がついたね」
「姉が私に変なのが憑いているのに気付いて除霊してくれたんですよ」
「お姉さんも霊能者なの?」
 
「姉は中学の時から大学院の時まで12年間神社の巫女をしていたという人で」
「それは凄い」
「実は私が元々仏教系で姉は神社系なので、お互い補える所がありまして」
「ああ、それは最強の組み合わせかも知れない」
 
「昨年、私が登場した第1回の番組で取り上げた、タクシーただ乗り幽霊の処理の時に、霊の回収車の運転手を姉が務めてくれたんです。霊的防御が出来るし車の運転も巧いので。実は国際C級ライセンスも持っているんですよ」
 
「面白そうな人だね。今も巫女をしているの?」
 
「あ、いえ。今はバスケット選手で、今もバスケット日本代表になって下旬にカナリヤ諸島で行われるワールドカップに出る予定です」
「なんか多才な人だね!」
 
「この金沢ドイルさんも、実は水泳の日本代表になって先日はパンパシフィック選手権、環太平洋の大会で金メダルを取ったんですよ」
 
「スポーツ姉妹か!」
 
「そしてこれは、いずれバレてしまうとは思うのですが、大宮万葉という名前で作曲家もしていて、アクアちゃんの楽曲をかなり書いているんですよ」
 
「おぉ!そんな凄い人だったとは」
 
と言って石崎部長はニコニコ顔である。
 

そういうことで、結局石崎制作部長は神谷内さんに
 
「できたら、退職しないで、まだうちの放送局の番組を作って欲しい」
 
と要請。神谷内さんもあらためて謝罪した上で承諾。ふたりは握手をした。
 
そして、このスタッフ全員やられてしまい、それで各々が様々なトラブルを起こしたこと。そして除霊が済むとスッキリしたことまで番組として編集することになった。
 
娘さんとトラブルを起こした運転手さんはその日の内にサンダーバードで大阪に行き、娘さんも悪霊のせいだったという説明に驚いたものの、成人式の服装について娘さんの主張を取り入れる形で和解した。
 
それであらためて
「顔出ししませんから、ぜひ再現ドラマに協力を」
と神谷内さんが言って、娘さんも承諾した。
 
それでその日の内にふたりが和解したシーンの再現ドラマを撮影した。
 

翌9月12日の午前中に、スタッフ全員の除霊シーンを再現ドラマで撮影する。
 
そしてあの取材の後、神谷内さん本人が制作部長と衝突して退職寸前まで行っていて番組も打ち切りの危機にあったこと、バイトADの幸花は決まっていた就職先が唐突に不合格になり、結局4月以降も〒〒テレビでADのバイトを続けることになったことを神谷内さんがカメラの前で説明した。
 
カメラマンが切符を切られたのもバイクに乗れるADさんが白バイ警官に扮して再現ドラマを作った。なお反則金は結局、神谷内ディレクターが個人で補償してあげた。
 
青山がオカマバーのバイトをするハメになった所は、そのオカマバーに打診したら大笑いで撮影に協力してくれたので、これも再現ドラマを作った。おかげで青山は再度女装することになった!
 
更に金沢ドイル本人まで婚約者と喧嘩して破談寸前だった件も、再現ドラマを作ることになり!9月13日に神谷内さん、カメラマンさん、青葉の3人で大宮まで行き、彪志にも出演(顔は隠す)してもらって再現ドラマを撮影した。喧嘩の経緯については神谷内さんが書いたシナリオに沿うことにした。それで喧嘩した所、和解した所を撮影した。
 
(実際の放送ではこの部分が助手のオカマバー体験記と並んで反響があった)
 
なお青葉が千里に除霊されたシーンは、越谷F神社の後輩巫女・泉堂深耶が代役をしてくれて巫女衣裳を着て再現ドラマの撮影をした。これも大宮での撮影とあわせて撮影をした。なお、この部分では
 
《金沢ドイルのお姉さんが現在海外出張中のため、ご友人に代役で出演して頂きました》
 
というテロップを入れている。
 

そういう訳で今回の事件は、最初に有名なトンネルの方を10分やった後、問題のトンネルに関する取材を5分ほどでやり、残り30分ほどをこの、スタッフが全員やられました!という話で編集したのである(1時間番組の正味は45分くらいである)。最後に金沢ドイル自身がカメラの前で
 
「今回は私の不覚でみなさんにご迷惑お掛けしてすみませんでした」
 
と謝るシーン、そして神谷内ディレクターが
 
「そういう訳で僕も首にならなかったので、この番組はこの後も続きます」
と言うシーンで終了した。
 
番組は9月下旬に放送され、物凄い反響を呼んだ。
 
問題のトンネルが実際にはどこなのかというのもネットでかなり議論されたがいくつかの候補が出たものの、決め手に欠くようであった。(実際の場所はこの候補の中には出ていなかった)
 
 
前頁次頁目次

1  2  3 
【春芽】(1)