【春楽】(1)

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千里が去勢手術を受けた翌日7月20日、第5回!の「青葉鑑賞会」が美由紀の親戚の温泉宿で行われていた。青葉と同じクラスやコーラス部などで親しくなった女子の友人が集まり、一緒にお風呂に入ろうという企画で基本的には木曜日、「鑑賞対象」が時間の取れる日に定期的に行われているのであった。費用は1人1500円掛かるのだが、青葉が「こうなったら費用全部私が出す。いつもみんなからもらっているヒーリング代金(実際にはお菓子等でもらっているのだが)を還元しちゃう!」と言ったので第3回からは、みんな無料で参加できるようになっていた。
 
いつもは木曜日にしているのだが、明日がもう終業式なので、1日早くやろうということになっていた。今日は参加者が青葉も入れて7人で、学校でクラブ活動が終わる頃合いの17時に旅館のマイクロバスで学校に迎えに来てもらい、旅館でまずはお風呂に入って、わいわい騒いでから、夕食を取り、それからお部屋でわいわいやり、少し一緒にお勉強などもして、お肌のためにも24時前には寝ようね、というコースであった。
 
今日初参加になったコーラス部の友人の美津穂は、温泉の中で青葉の胸を見ると「わあ、この胸、本物だったんだ!私てっきりバストパッドだと思ってた」と言って、青葉の胸に触り「柔らかーい。それに形がきれい」などと感動していた。もろちん触った以上、青葉に触り返されていたが。
 
青葉たち「御一行様」がすっかり常連になってしまったので、旅館側も料理には毎回工夫をしてくれていた。今日は中華料理風で大皿に盛って自由に取って食べられるようにしていた。女の子同士の気安さがあるので「こういうのもけっこういいね」などという声が出ていた。
 
「今回はちょっと青葉にお祝いしてあげたいのよね」と美由紀。
「え?何があったの?」と明日香。
「青葉、とうとう男の子ではなくなったの」
「え?性転換手術?」
「それはまだだけど、去勢完了なの」
「うん」と言って青葉は説明する。
 
「私、小学5年生の時に自分で睾丸の機能を停止させたんだけど、機能停止したことで少しずつ小さくなっていってた睾丸がとうとう消滅してしまったのよね」
「自然消滅?」
「そう」
「すごーい。そういうこと起きるんだ」
「7月11日に消滅したんだって」
「たぶん。消えた気がするなと思って先週病院でMRIも撮って検査してもらって確かに消滅していることを確認した」
 
「おお、それはめでたい。って、おめでとうでいいんだよね?」
「うんうん」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「みんな、ありがとう」と青葉が演出無しの笑顔をしている。
 
「あれ?じゃ先週の青葉鑑賞会の時も、もう消滅してたんだ?」
「うん。でも確信が無かったから」
「だけど青葉、そのうち自然にヴァギナも出来て女の子の身体になったりして?」
「それはさすがに無理だと思うけどなあ」
「いや、青葉なら分からない。子宮や卵巣まで自然発生して」
「まさか!」
 
「でも、私完全な女の子の身体になってる青葉も見てるのよね」と美由紀。
「え!?」
「私も見てる」と日香理。
「何?何?ふたりにだけ公開したの?」
 
「青葉って、友達の夢の中に勝手に入ってくる、困った子なのよ」と美由紀。
「こないだ、私せっかく憧れてる男の子とデートしてる夢見てたのに、そこに青葉が来て『あ、ごめん。邪魔しちゃった』なんて言って、行っちゃったのよね。あと少しで彼とキスできるところだったのに」
「それって・・・青葉の実体なの?」
「そう」と美由紀と日香理。
「だから、その内容は侵入された側も侵入した青葉も覚えてる」
「ひゃー」
「私も先週侵入された」と明日香。
 
「私もそのうち侵入されそうだな」と美津穂。
「絶対やられる、やられる」と美由紀。
 
「でまあ、そういうわけで他人の夢に勝手に入ってくる青葉が、その夢の中では完全な女の子なんだよね」
「うん」とちょっと可愛い動作で頷く青葉。
「自分でもどのくらい完全なのか、これまでよく分からなかったんだけど」
 
「胸がFカップくらいあるのよねー」と日香理。
「先日、彼氏の夢の中に侵入した時に、やっちゃったらしいね」と美由紀。
「きゃー」
「うん。。。それであの器官も存在していることが分かった」
と青葉は少し頬を赤らめて答える。
 
「ねー、何か青葉が今、凄く可愛らしい仕草を見せたんだけど」
「彼氏のことを話題にすると、しばしばこういう青葉が見られるよ」
「わあ、面白い。ふだんは見られないよね」
「ふだんの青葉って、『強い女』『格好いい女』だもんね。でもこういう可愛いらしい顔も見せるんだ」と美由紀。
 
「でも夢の中でやっちゃうって凄いね。気持ち良かった?」
「えへへ。凄く気持ち良かったよ」
「わあ」
「それ、彼氏の方も気持ちいい思いしてるんだよね」
「うん。翌日ちょうど会う日だったから、会った時に確認した」
「ひゃー」
 
「彼とリアルでは経験あるの?」
青葉は少し頬を赤らめながらコクリと頷く。
「おー」
「初耳だ!」
 
「リアルと夢の中とどちらが気持ち良かった?」
「えっと・・・・まだリアルでも夢の中でも1度しかしてないのよね。
だから、ちょっと比較するのは無理。だってもう夢中だったもん」
「そっかー」
 
「だけど青葉、リアルでした時って、どこ使ったの?」
「えっと・・・素股」
「なるほどー」
「青葉のお股の形で素股したら、普通の女の子の素股と同等だよね」
「私はそのつもり」
 
「でも、素股というテクがあること忘れてたなあ」と日香理。
「あ、日香理、もし彼とそういうことするんだったら、その場合も彼氏には避妊させないといけないよ。飛散して侵入する可能性があるから」
「なるほど」
「わ、わ、何かおとなの会話だわ」
 
「でも彼氏から、どうしてもやりたいって迫られて、まだ処女捨てる気にはならない時とか、もう何度かしててもその日はあまり入れさせたくない気分の時とかには妥協で使えるテクでもあるよね」と奈々美。
「ああ」
「でもその時もちゃんと付けてもらわないと、いけないのね」
「そうそう。でないと処女懐胎もあり得る」と青葉。
「わっ」
 
「あと、どさくさまぎれに入れられたりしないように、指でガードするといいよ。その分、狭くなって締まりもいい感じになるし」と星衣良。
「指入れておけばフィニッシュは手の中に誘導する手もあるよね」と奈々美。
「おお、こういう話は保健の時間には教えてもらえない!」
「うんうん。役に立つ情報だ」
 
「ね・・・この場の非処女率って・・・・」
「7分の3かな?何となく」
「わあ、中学生の経験率って高いんだ!」
「こないだ見た雑誌には中学生女子は20%って書いてあったよ。男子は10%」
「誤差の範囲だよね」
「20%なら2人になるからね」
「私以外の2人が誰かというのは詮索しないということで」と青葉。
「それがいいね」と笑いながら美由紀。
 

翌日は終業式の日であった。体育館で校長の話があっている最中、学校に青葉へということで、慶子から電話が入った。携帯にメールするのではなく、わざわざ呼び出したことで、青葉はとうとう『その時が来たな』と覚悟した。職員室で受話器を受け取る。
 
「はい。。。はい。。。分かりました。明日そちらに行きます。ええ、そのスケジュールで。ありがとうございます。ええ、細かいことは後で。はい。これでとうとう本番です」
 
「何かあったの?」職員室に残っていた先生が訊く。
「母(礼子)の遺体が見つかりました」
「そうか・・・」
「それで、これまで仮葬儀だけしていた、祖父母、姉、父とあわせて本葬儀をします。明日お通夜で明後日葬儀ということで」
「もう今から向こうに行くの?」
「いえ。何せ親族全滅なので参列者がいませんから、急ぐ必要はありません。この後、ホームルーム終わって、クラブの練習も終わってからです。今日やるべきことをきちんと済ませてから行きます」
「うん」
「取り敢えず、何人かに連絡します」
 
青葉は先生に断って携帯を出すとまず母(朋子)に連絡した。朋子も一緒に行くと行ってくれた。朋子と話し合った結果、青葉と朋子の2人で今夜の高速バスで仙台に移動することにした。
 
千里と桃香にメールする。すぐに桃香から電話が掛かってきて、ふたりともすぐに移動すると言われたが、今日現地に入られても宿泊場所を確保できないと青葉が言うと、じゃ明日朝1番の新幹線で行くと行ってくれた。仙台に8:07に到着する。大船渡への交通の便が悪いので仙台にいったん集結して、人数次第でワゴン車か何かでもレンタルしてみんなで移動した方がいいかもね、ということで桃香と話がまとまった。
 
彪志にメールするが、向こうも終業式が終わるまで返信は無理だろう。菊枝にメールしたら速攻で「行く」と連絡があった。菊枝は車で来るらしい。今からすぐに移動開始と書かれていたので、到着は明日の夕方くらいだろうか。
 
少し躊躇ったが嵐太郎にもメールした。こちらも終業式中か? 早紀・咲良・椿妃の携帯にもメールした。こちらも同様だろう。姉の仮葬儀の時に来てくれた、未雨の同級生のひとりにもメールした。
 
そのあと慶子に電話して、再度細かい点を打ち合わせた。先程の電話で明日お通夜・明後日葬儀というのだけは決めたのだが、祖父母や父・姉の仮葬儀と同様に仏式でいくことと、これまでと同じお寺に頼むことを決めた。
 
「参列者、どのくらいになるでしょうね?」
「うーん。。。。20人いかないと思うんだけど」
先々月の祖父母の仮葬儀時は、佐竹親子と青葉だけだった。先月の父と姉の仮葬儀の時は、早紀・椿妃・彪志に未雨の同級生が3人来てくれて9人だった。
 
「とりあえず20人くらいということで会場には言っておきますね」
「はい」
 
メールした中で最初に反応があったのは嵐太郎で、行きたいけど公演やっている最中で動けないので、取り敢えずお花を贈るというので会場の住所と電話番号を連絡する。
 
続いて未雨の同級生から電話があり、友達を誘って行くということだった。早紀から電話がある。そぱに椿妃もいるということで、こちらも青葉の元クラスメイトをたくさん誘っていくからと言われた。これはもしかして20人では済まない!?咲良からも電話があり、母と一緒に行くと言ってくれた。これはマジで宿泊場所を確保しないと。
 
慶子に再度連絡し、参列者がけっこう増えて来つつあると言う。
「今の所、雰囲気的に40人くらいかも」
宿泊に関しては、市内の旅館に頼むことにした。
 
最後に彪志から電話があった。
「残念だったね」
「死んでるのは分かってたからね」
「今、親父と母ちゃんとも話した。3人で行くから」
「ありがとう」
 
だいたい連絡が終わったところで教室に戻った。ホームルームがもう終わりかけていた。小坂先生から訊かれて母の遺体がみつかったことと、これで祖父母・父・姉とあわせて本葬儀をすることを言う。
 
「川上さん、私も行くよ」
と先生言う。
「え、でも遠いですし」
「だって私もあなたの担任だし」
「分かりました。ありがとうございます。交通費は出させてください」
 
美由紀と日香理も寄ってきて
「私も行く」と言ってくれた。
「ありがとう。交通費・宿泊費・食費は先生の分も含めて私が出すからね」
 
美由紀と日香理が青葉の携帯を借りてそれぞれの母に連絡し、費用も青葉が出してくれるということも伝え、岩手行きを了承された。
 
「小松から仙台に飛ぶ便が25日再開なんですよ。それで長時間の旅になりますが、新幹線を乗り継いで頂けますか?」
「越後湯沢乗り換えね?」
「はい。《はくたか》から越後湯沢で《とき》、大宮で《やまびこ》に乗り継ぎになります」
「何時に出ればいい?」
「高岡を朝一番に出た場合で、仙台に12時半です」
「それで間に合う?」
「お通夜は夕方からですので」
「じゃ高岡駅6時集合で」
 
その後、青葉はしばらく教室にいて友人達と話し、コーラス部の練習にも行こうとしたのだが、コーラス部に顔を出すと部長さんが「絶対準備で忙しくなるはず。もう帰りなさい」と言ったので青葉も素直に帰ることにした。
 
お昼前に帰宅してから、あちこちと再度連絡を取ったりこちらも身の回りの品を揃えたり、また現金を降ろしてきたりした。
 
最初の時点では仙台に集結してもらって、そこから大船渡へワゴン車でピストン輸送することを考えていたのだが、仙台空港が現在暫定運用中で定期便は7月25日にならないと再開しないことから、花巻空港を使う人が多かった。そこで新幹線で来る人も、仙台ではなく一ノ関または花巻まで来てもらって、そこから輸送する方針に切り替えた。
 
これの時刻を桃香が旅行代理店でバイトしている友人にも協力を求めて確定させ、青葉・朋子・桃香・千里の4人で来てくれる人全員に連絡した。
 
そんなことをしている内に高速バスが出る時刻になるので、まだ連絡の付いてない人への連絡は桃香と千里に任せ、青葉自身は朋子と共に21日の21:40の夜行バスに乗った。
 
「青葉、今夜はぐっすり寝ておいたほうがいいよ」と母。
「うん、ありがとう」
 
翌日朝6:30に仙台に着く。休憩を兼ねてお茶を飲んだ後、千葉から出て来た桃香と千里が乗った新幹線と同じ列車に乗り、新花巻に移動する。
 
この花巻でレンタカー屋さんでエスティマ・ハイブリッドを2台借りる。最初1台は乗用車でもと言っていたのだが、桃香が「大は小を兼ねる」と主張したので、結局ミニバン2台にすることにした。
 
それで1台は朋子が運転して、青葉と桃香を乗せ、先に現地に入る。千里はもう1台で花巻空港に向かい、出雲から来てくれることになった直美夫妻を迎えて、その後、新花巻駅に戻って小坂先生達を拾ってから大船渡に向かうことにする。
 
青葉たちが現地に着き、会場となるホールで慶子・真穂や会場の人と打ち合わせしている内に、彪志たちが到着した。彪志が青葉の手を握る。
「しっかりしてね」「うん、大丈夫」
そのあとしばし、母と桃香、彪志の両親の間でご挨拶。
「どうも、いろいろお世話になっておりまして」
「いえいえ、こちらもご挨拶が遅れまして」
双方の親でしばし話をしている。和やかな雰囲気だ。
 
礼子の遺体の損傷が激しいので先に火葬することになっていた。青葉と朋子・桃香、慶子・真穂、彪志親子の8人で付き添ってホール付属の火葬炉に行き、礼子の遺体を火葬する。ふたが閉じられた時、青葉が炉に向かって舎利礼文を唱えた。これを唱えるのも今年5回目だ。火が入り、待つ間、ずっと彪志が青葉の手を握っていてくれた。やがて終わり骨上げをする。祖父、祖母、姉、父に続いてこれももう5回目になる。青葉は今まで溜めていた涙が一気に出てくる感じだった。ひとりひとりとの思い出が蘇ってくる。骨壺への収納が終わった所で彪志が涙を拭いてくれた。
「今日はいっぱい泣いていいんだからね」
「ありがとう」
 
お骨を持ってホールの方に戻ると、早紀と椿妃が、それぞれのお母さんを伴って来てくれていた。早紀が青葉をハグしてくれた。
 
「何か人手がいるんじゃないかっていって、お母さん付いてきてくれた」
と言っている。
「わあ、ありがとうございます」
 
大人が増えてきたので、打ち合わせ関係は任せて、早紀・椿妃・彪志と青葉の4人でジュースなど飲みながら休憩した。早紀たちを見て青葉も元気になっている。
「ふたりは彪志と初対面だよね」
「うんうん。これが例の彼氏かと思って、ついまざまざと見てしまった」
「彼氏さんは高校生ですか?」
「うん。今高三」
「青葉のどこに惚れたんですか?」
「あ、えーっと、話が合うからかなあ」
 
などとしばしふたりの質問攻めにあっている。
「青葉にキスしてみてください」と早紀。
「えー!?」と青葉。
しかし4人がいるスペースは大人達がいる場所からは見えない。それを確認すると、彪志は青葉を抱きしめ、唇に5秒間キスをした。
「わー」といって、椿妃と早紀が拍手をする。
「実はさっきから抱きしめてあげたかったけど、親の手前遠慮してた」「うん」
 
14時半頃、咲良がやはり母と一緒に来てくれて、しばし青葉と抱き合う。その後未雨の同級生のひとり、鵜浦さんが来てくれた。
「お通夜からぞろぞろ来てもということになって、今日は私が代表で来た」
と鵜浦さん。彪志が鵜浦さんに手を振る。
 
「あ、鈴江君!また来たのね」
「そちらもお疲れ様」
2人は姉の仮葬儀の時にも顔を合わせている。
「でも、鈴江君、そんなに未雨と関わりがあったんだっけ?」
「実は俺、ここ2年来の青葉のボーイフレンド」
「えー!?そうだったんだ!」
「一応双方の親も公認・・・・」
「・・・・に、さっきなったみたいね」と笑って青葉も補足する。
「へー!今どこにいるんだったっけ?まだ八戸?」
「この春から一ノ関に来たんだ」
「わあ」
 
そこに仕出しが来たので、みんなで頂く。
青葉と朋子と桃香、慶子と真穂、早紀・椿妃・咲良と各々の母、彪志と両親、それに「あら。私までいいのかしら?」などと言った鵜浦さんと、15人である。
 
「今日は皆様、お忙しい所、お越し下さいまして、ありがとうございます」
と青葉が挨拶した。つい先程、黒いドレスの喪服を着たところである。
 
「じいちゃんとばあちゃんの知り合いは、今回のお通夜・葬儀の導師をしてくれることになった££寺のご住職がある程度知っているみたいで、声を掛けてくれたみたい。明日少し来てくれるかも」
「お父さんの知り合いと、こないだ1人遭遇して。今気仙沼に住んでいるんだけど、連絡したら来てくれるって。知り合いにも声掛けてくれると言ってた」
「じゃ、最終的に葬儀の参加人数はけっこうな数になりそうね」
「最初は10人か20人くらいかなって思ってたのに、この場に既に15人いるし、本当にありがたいです」と青葉。
 
「ただ、お母さんの知り合いがさっぱり分からなかったのよね。家がきれいさっぱり流されてしまってるから、アドレス帳とか学校の名簿とかの類も全然無いし」
「私が礼子さんを知ってた人いないか、元同級生とかに声掛けてみるよ」
と早紀のお母さんが言ってくれた。
 
いくつかお花が届いたので祭壇に飾る。嵐太郎のお花を見て早紀が騒いでいた。彪志もお花を贈ってくれていた。あきら・小夜子・和実・淳・胡桃で1つ、冬子と政子で1つ、届いていた。全部祭壇に飾らせてもらう。
 
15時半すぎてから千里と小坂先生・美由紀・日香理、それに直美・民雄夫妻が到着した。
「みなさん何か食べました?」
「うん。車内で食べたよ」と美由紀。
「仕出し、まだ残ってるけど食べる?」
「食べる!」と言って、美由紀と日香理はお弁当を食べている。
 
「あなたが美由紀さん?」と早紀。
「あ、早紀さんですね?」
「噂はかねがね青葉から」と口を揃えて言う。
「ちょっと、ちょっと、何か火花が散ってるの感じるんですけど」と咲良。「取り敢えず仲良くしましょ」と美由紀。
「そうね。じゃ握手」と早紀が言って、ふたりは握手をしている。
「なんか怖いよー」と日香理。
 
美由紀たちが着いた少し後、菊枝が車で到着した。
が、菊枝の車から降り立った人物を見て、青葉は驚いた。
「師匠!いらしてくださったんですか?」
それは青葉と菊枝がいつも師匠と呼んでいる高野山の瞬嶽老師であった。「ご無沙汰しておりまして、申し訳ありません」と青葉が言う。
「うん。たまには山を下りるのもいいかなと思ってな」
 
瞬嶽は年に1度山を下りるかどうかで、ふだんはずっと高野山の山奥の庵で寝起きし、日々山野を駆け巡って修行をしている。年齢は青葉も菊枝も知らないのだが「たぶん90歳は超えているはず」と菊枝は言っていた。
 
青葉の「先生」と聞いて、朋子が
「娘がお世話になっておりまして」
と挨拶する。すると瞬嶽は
「いや、こちらこそ、うちの弟子がお世話になっているようで」
などと挨拶する。
 
やがてお通夜の儀式が始まる時刻になる。££寺のご住職・川上法嶺が到着し、導師の席に就こうとした時。
 
ピクッと何かに気付いたような顔をすると、会場を見渡し、瞬嶽の姿に目を留めた。慌てて寄ってくる。
 
「御老師はもしや、高野山の★★院の瞬嶽様では?」
「うん。そうだけど」
「やはり!修行時代にお世話になりました。☆☆寺で修行をしたので」
「ああ、40-50年くらい前にそこにいたなあ」
「故人とお関わり合いがございましたか?」
「うん。今日の喪主は私の弟子でね」
「そうでしたか!」
青葉も寄ってきている。
 
「ご住職、うちのお師匠さんをご存じでしたか?」
「私が修行をした寺の最古参老師であられたのです」
この住職は祖母と同級だったから66歳のはず。その住職が修行していた時代に最古参だったというのは、ほんとに瞬嶽師匠は何歳なんだろう?と青葉は思った。
 
こんなお偉い方がいる場所で、とても自分が導師などできないと法嶺が言うので「仕方ないな。愛弟子の家族の葬儀でもあるし、私が導師をしてあげるよ」と瞬嶽は言い、導師席についた。そらで遺教経を唱え始める。慌てて法嶺が経本を開けて一緒に唱和しはじめた。
 
通夜が始まってまもなく、新たな来客があった。冬子である。
「来て下さったんですか!?でも新曲キャンペーンで全国飛び回ると言ってたのに?」
「今日はキャンペーン1日目で札幌と青森に行ってきた。終わったあと新幹線で盛岡まで来て、駅前でレンタカー借りてここまで走ってきた」
「わあ」
「明日は朝いちばんに仙台のFM局に出るから、7時半までに仙台に移動すればいい。他のメンバーは仙台泊まりなの」
「お疲れ様です。運転、気をつけてくださいね」
 
やがて焼香が始まる。青葉は朋子とともに、焼香してくれた人にお辞儀をしていた。
 
青葉が喪主席からあまり動けないので、桃香と千里が裏方でいろいろ動いてくれていた。宿の手配、仕出しの数の決定、など次々と状況変化するものの対応や会計などは桃香がどんどん仕切っていた。参列者からいろいろ尋ねられたりすることに関してはその千里がひとつひとつ対応してくれていた。やがて通夜は終わり、食事の後、みんなで宿に引き上げる。宿への移動は宿がマイクロバスを出してくれた。冬子は疲れたと言ってすぐに部屋に入っていた。
 
「青葉、いつも4時に起きてるんでしょ?私がまだ起きてなかったらたたき起こしてくれる?」と冬子。
「了解」と青葉。
 
瞬嶽師匠の部屋に、菊枝、直美、青葉の3人が集まった。
「私もすっかりご無沙汰しておりました」と直美が言う。
「ひょっとしたらもう下界に降りてくるのは最後になるかも知れんという気がしてね」
「師匠?どこかお体がお悪いのですか?」と心配して直美、「あ、大丈夫。もう20年前から師匠は毎回こういうこと言ってるらしいから」と菊枝。
「まあ、20年前から言ってるけど、そろそろやばいかもという気はしている」
「師匠、もしかして菊枝と私に印可をくださったのは、その絡みですか?」と青葉。
 
「うーん、ふたりの場合は最初に見た時から、もう印可のレベルをとうに超えてたんだけどね、山園は学校を出てからかなと思っていたから。ま、川上は今回山園のついでだな。川上が学校を出るまではさすがに私も生きてないだろうから」
 
しばらく師匠や菊枝・直美などと話してから美由紀と日香理の部屋に行くと、小坂先生も来ていた。そして青葉が廊下を歩いて移動したのに気付いて、桃香と千里、母、そして彪志親子まで入ってきて、六畳の部屋がいっぱいになってしまった。
「突然いっぱいになったね」と日香理。
「とりあえず自己紹介〜。まず青葉からどうぞ」と美由紀。
「あ、えーっと。しがない中学生霊能者の川上青葉でーす」
「青葉の母です。しがない保険の外交です」
「青葉の姉の桃香です。しがない理学部大学生です」
「同じく姉の千里です。同じく理学部大学生です」
「青葉の親友の美由紀です。美術部所属」
「同じく親友の日香理です。コーラス部所属」
「川上さんの担任の小坂です。英語教師です」
「青葉の恋人の鈴江彪志です。高3で目下受験生です」
「彪志の父です。自動車関係のサラリーマンです」
「彪志の母です。スーパーのレジ係です」
 
「なるほど!では彪志さんに、青葉のどこに惚れたのかを」と日香理。「また、その話になるのか!」と青葉。
 
その夜は23時頃まで、その部屋からは明るい笑い声が響いていた。
 
翌日。冬子は無事4時に起きて仙台へと出発していった。青葉が起こしに行ったら、ちょうど目覚めたところだった。20分ほどヒーリングしてから送り出した。
 
朝から気仙沼の白石さんが来てくれた。青葉の父を知っている人2人と連絡が取れたということで、後から来てくれるという話だった。また早紀の母が昔の同級生などに連絡をとりまくった結果、お姉さんが青葉の母(礼子)の同学年だったという人に辿り着き、そこから連絡が広まって、結局礼子と親しかった人で、比較的近くに住んでいる人が県内で3人見つかり、交通費は全部出すということも伝えると、午後から来てくれるということであった。一ノ関駅に集結することになり、早紀のお母さんが自分の車で迎えに行ってくれることになった。
 
青葉と交流のあった霊能者さんが数人来てくれた。博多から渡辺さん、神戸の竹田さん、静岡の山川さん、東京の中村さん、栃木の村元さん。おそらく菊枝から連絡が回ったのであろう。霊能者以外でも北海道の舞花、東京の和実と淳、あきらと小夜子、更に政子まで来てくれた。菊枝と、彪志のお母さんが一ノ関・花巻と大船渡の間をエスティマで往復してくれて参列者を運ぶことになる。
 
葬儀は今日遠くから来てくれる人もあるので午後から始めることになっていた。
 
葬儀が始まる時刻になると未雨の同級生が30人ほど、青葉の元同級生やコーラス部の人達が合計50人ほどやってきた。柚女の姿もあった。また祖父母の知り合いのお年寄りたちが大量に押し寄せて来た。参列者の数は軽く150人を越え、青葉が「参列者は20人もいかない」と言っていた予想は完璧に外れてしまった。会葬御礼については、これはかなり必要かもと昨日の段階で判断した桃香が160人分用意してもらうよう指示を出していたので、何とかギリギリ足りた。(最後は菊枝や直美・彪志など「身内」数人にいったん返してもらってそれで何とか間に合わせた)
 
葬儀開始直前に青葉が泣いていたので、心配して和実が「大丈夫?」と訊いたが、そばに付いていた彪志が「あ、心配しなくていいですよ。うれし涙だから」
と言う。青葉も頷いている。「だって、こんなにたくさん来てくれるなんて」
 
祭壇には5つの骨箱が並べられている。また瞬嶽が導師を務め、££寺の法嶺と、近隣の§§寺の住職が脇導師・諷経(ふぎん)を務めて、葬儀は厳かに始まった。昨日はドレスの喪服を着ていた青葉は今日は母(朋子)とともに和服の喪服を着ている。朝から着付けしてもらったのであった。焼香してくれる人達にひとりずつお辞儀をする。時々言葉を掛けてくれる人がいるので、各々受け応えしていく。
 
参列者全員の焼香が終わったところでいったん葬儀閉会とする。
 
ここで未雨の同級生たち、青葉の元同級生やコーラス部の人たち、祖父母の友人達が帰って行った。青葉・朋子・桃香・千里と早紀・椿妃・美由紀・日香理に菊枝・直美・民雄いった「身内」で御礼の品を渡しながら送り出す。同級生達は各グループでまとめてお香典を包んでくれていたが、青葉は桃香と相談して、1人1人に記念のボールペンを渡すことにしていた。それを渡していた時、コーラス部の面々の中に1人知らない顔の生徒がいた、と思ったら青葉に話しかけてきた。
 
「こんにちは。私、立花といいます」
「ああ!こんにちは。歌里(かおり)さんですね。話は聞いてました。ソロを歌ってるんですよね。頑張って下さいね」
「1度、川上先輩の歌も聴きたかったんですが、今日は慌ただしいし」
「次は8月6日に来るつもり」
「その時、会っていただけます?」
「いいよ」
「その時にはお互い、全国大会行きの切符を手に入れてますよね?」
「うん。そのつもりで頑張る」
ふたりは硬い握手を交わした。
 
身内やそれに近い人だけ残った所で、初七日法要を行い、ここまで済んだ所で霊能者さんたちや、父母の友人たちが帰ることになる。
 
父の友人たちは各々自分の車で来ていたのでガソリン代と精進落としの仕出しを渡して送り出す。母の友人3人は霊能者さんたちと一緒に車で送ることにする。この人たちにも交通費と精進落としの仕出しを渡す。
 
一ノ関駅が都合のいい人たち、花巻空港に行く人たち、一ノ関・花巻どちらでもいい人がいるので、花巻行きと一ノ関行きの車を出して、振り分けて乗ってもらった。
 
彼らを送り出した後で、残った人で精進落としをする。
 
ホール内にテーブルが設置され、料理が並べられた。ここまで付き合ってくれたのが、朋子・桃香・千里、彪志親子、佐竹親子、早紀・椿妃・咲良とその母、柚女、美由紀・日香理・小坂先生、舞花、政子、あきら・小夜子・和実・淳、といった面々で、それに瞬嶽を含む主賓の僧3人まで含めて28人がテーブルについた(菊枝は花巻組を送りに行っている)。喪主の青葉がみんなに感謝のことばを述べて、彪志の父が献杯の音頭を取ってくれた。
 
精進落としまで終わった所で、今日帰る最後のグループを送り出す。政子、あきら・小夜子、和実・淳といったメンツを千里が一ノ関まで送っていった。
 
そして更に残ったメンツで四十九日兼百ヶ日法要まで行った。§§寺の住職は帰す。テーブルを片付けて椅子を前向きに並べ直し、瞬嶽と££寺住職の2人でお経をあげた。もう震災から135日が経過している。出席者はまた涙を新たにした。
 
菊枝と千里が戻ってきた所で残った20人(瞬嶽も残っていたが既に寝ている)で、旅館の部屋に集まり、あらためてお茶と、お腹が空いている人は軽食を取る。食糧は千里が戻る前に桃香がコンビニで調達して来ている。
 
これに顔を出したのが、青葉・朋子・桃香・千里、彪志親子、佐竹親子、早紀・椿妃・咲良とその母、柚女、美由紀・日香理・小坂先生、舞花である。
 
「交通費みんな、なかなか受け取ってくれなかったけど、受け取ってくれないと私が困るといって、何とか押しつけてきたよ。政子さんには昨日どうしても受け取ってくれなかった冬子さんの分まで押しつけた」と千里。
「ありがと、ちー姉」
 
「あのクラシカルなというかゴシック風?の黒いドレス着ていた姉妹?はどういうつながり?」と美由紀。
「MTFつながり」と青葉。
「え?まさか、あのお姉さんの方、ホントは男の人?」
「妹の方もだよ」
「うっそー!?」
「まあ姉妹というより夫婦なんだけど、和実ちゃんとは凄く親しくなって最近よくメールのやりとりしてるよ」
「へー」
 
「もしかしてあの上等な和服着てた姉妹も?」
「MTFつながり」
「じゃあ、あの2人も男の人だったの?」
「あきらさんはMTXだけど、小夜子さんは天然女性。あのふたりは正式に結婚している」と青葉。
「わ、わからない・・・・・」
「だいたい小夜子さん、妊娠してるし」
「ああ、確かにお腹が大きかった!」
 
「大学生くらいの感じで、昨日来てくれてた人とさっき帰ってった人ってさ、何か見覚えがあると思って考えてたんだけど、もしかして『ローズ+リリー』
の人たちじゃないよね?」と美由紀。
「そうだよ」
「すごーい!それもMTFつながり?」
「そう。冬子さんというかケイさんとね。ケイさんは新曲のキャンペーン中で今全国を飛び回っている最中なんだけど、ちょうど昨夜は青森から仙台への移動途中だったからといって、こちらに寄ってくれた。政子さんも冬子さんが来るとは知らなかったと言ってたから、ほんとに急に決めたんだろうな」
 
「霊能者さんの方もなんかオーラの凄い人たちがいたね」と彪志。
「テレビで何度か見た顔があった。竹田宗聖さんだっけ?」と椿妃。
「うん。神戸の人。あの人わりとマスコミ好きなんだよね。物心ついた頃からひいばあちゃんの家によく出入りしてたから、私、飴もらったりしてたよ」
「へー」
 
その日はそんな感じで参列者の品評会が遅くまで続いていた。
 

葬儀が終わり青葉たちも富山に戻り、一週間して、コーラス部の中部大会があった。青葉や日香理たちは愛知県の会場にJRで出かけていった。
 
県大会では早めに歌うことができたので他の学校の出来を気にせずのびのびと歌うことができたのだが、中部大会では順番(抽選で決まる)は最後から2番目になっていた。
 
ここまで来ている学校はみんな凄い所ばかりである。みんな「わあ」とか「ひゃー」
とか言いながらその歌を聴いていた。「なんかこういう歌をたくさん聴けただけで満足」などともう諦めきったようなことを言っている子もいる。しかし結果的には青葉たちは、こりゃさすがに無理だという気分になり、完全に開き直って歌うことができた。また、ここまでたくさん良い歌唱を聴いていたので、その結果をみんなが吸収している感じもあった。そのため青葉たちの歌は、先生が「会心の出来だね」と言うほどの出来だった。
 
その後、最後の学校が歌う。「すごいね」「なんかパーフェクトという感じ」
とみんな言っている。ほんとにうまい学校であった。
 
全ての演奏が終わり、結果発表まで10分ほど待たされた。司会者が出て来て成績を発表する。3位から順番に発表されたが、青葉たちの学校の名前は無かった。ラストに歌った学校が1位だった。
 
「あぁあ」
「残念だったね。今日は本当にいい出来だったのに」
「みんなうまいもん。仕方ないよ」
 
表彰式が始まるまでの間に先生が成績表をもらってきた。
「うちは4位だったよ。しかも3位と1点差。惜しかったね」
「わあ」
 
やがて表彰式が始まる。3位の学校がステージに昇り賞状をもらい会場から拍手が湧く。続いて2位の学校の表彰。そして1位の学校が呼び出されようとした時、アナウンスが「そして1位・・・」と言った所で制止されて学校名が呼ばれない。
 
表彰状を持った人も呼び戻されて裾に下がった。何人か走っている人がいる。突然慌ただしくなった感じだ。
「何だろう?」
「1位の学校が帰っちゃったとか?」
「まさか」
「何か揉めてるね」
 
司会の人が「しばらくお待ちください。少し審議があります」というアナウンス。会場がどうしても騒がしくなる。審議は結局30分くらい続いた。やがて司会の人ではなく、なんかお偉いさんという感じの人がステージに上ってマイクを持った。
 
「ただいまの審議の内容を発表致します。えー、1位となりました△▽中学のソプラノソロを歌った生徒が、今月中旬に他校に転校済みで、本日現在は在籍していなかったことが分かりました。△▽中学側とも話し合った結果、△▽中学はこの中部大会を辞退することになりました」
 
会場が凄まじく騒然としている。
 
「この結果、さきほど2位で表彰しました◇□中学が1位、3位で表彰しました○◇中学が2位と繰り上がりまして、4位の成績だった◎◎中学が3位になり、全国大会進出となります」
 
きゃーと青葉たちは大騒ぎである。日香理は興奮のあまり青葉に抱きつき、更にキスまでする。さすがに舌までは入れないもののかなり強い吸引力。青葉もお返しに強く日香理の唇を吸って喜びを表した。
 
「ただいまより表彰式をやり直します。今新しい表彰状を準備しておりますので、◇□中学と○◇中学はさきほどの表彰状をいったん返還してください」
 
再開された表彰式。新たに3位となった青葉たちの学校が最初にステージに上がる。表彰状を受け取った府中さんが右手に持った賞状を高らかに上げて喜びを表現した。
 
ロビーに出たところで何人かトイレに行ってくる。青葉はロビーの隅で携帯をチェックしたら椿妃から「東北大会2位。全国大会進出☆」というメールが入っていた。「おめでとう!こちらも滑り込みで3位。全国大会で会おう」と返信する。ほどなく返信があり、きらきらしたアイコンたっぷりで「おめでとう!!!」とあった。
 
帰りのしらさぎを待つ名古屋駅で、付き添ってくれていた教頭先生がポケットマネーでアクエリアスを2箱買ってきてくれてみんなに配る。それで青葉たちは乾杯してあらためて喜びを分け合った。
 
「しかしここまで来れたのも、まずはひとえに寺田先生のおかげですね」と教頭。
「いえとんでもない。私、前の学校では軽音楽部、その前の学校ではブラスバンド部の顧問していて、コーラス部の顧問したのは8年ぶりで合唱の指導方法とかも忘れていて。この春この学校に来てコーラス部を担当してくれと言われて最初は何も分からずに本当に手探り状態だったのですが、みんなが頑張ってくれたから。私の方こそ部員のみんなに支えられた感じです」
 
「先生のご指導は合理的でみんな分かりやすかったです」と部長。
「去年までの先生はそもそも練習にもめったに顔出してなかったもん」と副部長。
 
「でも△▽中もちょっと可哀想な気もするね」という声があちこちから出る。
「転校生の問題ってけっこう微妙なのよね。いろいろえげつないことする学校があって。高校の運動部とか転校生の出場規制があるよね」
と寺田先生は言う。
 
「特にソプラノソロはそう簡単には他の子には務まらないだろうし、気持ちは分かるけどね」と3年生。
「あれって、いっそソプラノソロを外すことはできなかったんですか?」と1年生。
「途中での編曲変更は禁止だもんね。地区大会で使った編曲で全国大会まで歌わないといけない」と副部長。
「あっそうか」
「ばっくれようとしたんだろうけど、まあバレるよね。ソロ歌う子なんて他の中学からも注目されてるもん」と府中さん。
 
帰宅してから少し遅い時間ではあったものの椿妃と電話で話した。
 
「わあ、それはドラマティックだったね」と椿妃。
「辞退した学校の生徒可哀想だけどね」
「仕方ないよ。ルール違反だもん」
「今日はソロはどちらが歌ったの?」
「それがさ、ふたりとも優劣付けがたいといって、前半を歌里、後半を柚女が歌った」
「わあ」
 
「全国大会もこれで行くかもね」
「でもふたりとも歌えるならいいね」
「よくない。当然ふたりとも後半を歌いたい」
「そっか」
「また熾烈な争いで2人とも燃えてるよ」
「私も頑張らなきゃ」
「じゃ、来月、MGKホールで」
「うん」
 

8月4日、彪志が1度挨拶にということで富山にやってきた。青葉は6-7日に岩手に行ってくる予定だったので、帰りは5日夜の夜行バスで一緒に移動することにしていた。
「夜行バスじゃいちゃいちゃできないなあ」
「まあそれは仕方ないね。おうちで少しだけいちゃいちゃしよ」
「えーほんと?少しってどのくらい?」
「あまり期待しすぎないように」
などと事前に電話で話した。
 
4日当日は母と一緒に高岡駅まで迎えに行った。
「お疲れ様〜。受験生なのにありがとうね」
「往復する間に問題集1冊仕上げることになってる」
「わあ、たいへんそう。頑張ってね」
などと言いながら車に乗り込む。
 
「こないだの葬儀では色々ありがとう。男手が少ないから助かった」
「しかし最終的に凄い人数になったね」
「うん。ホントにびっくりした。でもありがたい」
「でも半分以上は青葉の友達だろ?青葉はみんなに愛されてるな」
「うん・・・」青葉も微笑んで頷く。
「お、ここで泣かないのは大きな進歩」と彪志。
「えへへ」
 
自宅に着き、居間まで行ってから彪志は
「えー、そういう訳で挨拶が後先になりましたが、青葉さんと付き合っている鈴江彪志です。よろしくお願いします」
と彪志がペコリと朋子に礼をした。
「いえいえ。こちらこそ娘がお世話になっておりまして」と朋子も挨拶する。
「あ、これうちの親からことづかりました」
と言って一ノ関のお菓子を出す。
「わざわざお心遣いありがとうございます」
 
「えーっと、挨拶は終わったかな?」と青葉。
「うん」と彪志と朋子。
「じゃ、お昼ごはーん」
 
と言って青葉は台所に行くとカレーの鍋を乗せたIHヒーターのスイッチを入れそれが暖まる間に冷蔵庫に入れていた野菜サラダの皿を出して来て、母の前、彪志の前と自分が座る予定の席の前に並べる。
「ドレッシングは好みで掛けてね」
といってテーブルの中央に置く。
 
それからポットのお湯で簡易チャイを作りカップを並べて注ぐ。それからカレー皿に御飯を盛り、暖まったカレーを掛けて各自の前に置き、スプーンを添えて、自分も席についた。
「凄くいい匂いがすると思った」と彪志。
「じゃ、いただきます」と母。
「いただきます」「いただきます」
 
「美味しい!本格的なインド風カレーだね」
「うん。レシピ本見て少しがんばってみた」と青葉。
「おー、凄い」
「たくさん食べてね−。御飯も思いっきり炊いたから」
「あはは、ふだんは御飯どのくらい炊くの?」
「朝2合炊いたら、朝晩の私とお母ちゃんの分あるよ。今日は5合炊いた。足りなくなったら、また炊くね」
「ありがとう」
 
「だけど先月はいろいろな意味で自分にとって区切りの月になったなあと思って」
「いろんなことがあったよね」
「お母ちゃんの後見人申請が認可されたし、震災でやられた家族みんなの遺体が見つかって本葬儀をすることができたし、彪志とはこうやって双方の親公認の恋人になったし、そして私自身去勢完了したし、佐竹さんちの結界を戻せたし、コーラス部は全国大会まで進出できたし」
「青葉にとって、新しい出発の月になったね」
「うん。私頑張るよ」
「私も桃香も千里ちゃんも、そして彪志さんも、みんな青葉の家族だよ」
「うん、私嬉しい、あ、彪志、お代わり持ってくるよ」
彪志の皿が空になったのを見て、お代わりを盛ってくる。
 
「だけど青葉、この2ヶ月くらいでもかなり霊的なパワーが上がってない?」
「えへへ、菊枝にも師匠にも言われた。たぶん彪志のおかげだよ。ホロスコープでも見たじゃん」
「俺は青葉の井戸だもんな。恋をして霊的な力を失う人もいるみたいだけど青葉の場合は逆にパワーアップしたんだね」
「それが普通だと思うんだけどなあ、私は。霊的な力のタイプによってはそうなっちゃう人もいるのかな」
 
会話は和やかに進んでいく。
「でもなんか、俺この家ですっかりリラックスしてしまった」
「リラックスして〜。自分の家だと思っていいからね」
「もう既に半ばその感覚」
 
彪志はカレーを4杯お代わりした。御飯が終わってから青葉が食器を片付けていると母が
「あ、そうだ。私、晩ご飯の買物とかで2〜3時間出てくる。5時くらいに戻るね」
などと言う。
「あ。うん」
「今日予定のメニューだと5時戻りでも大丈夫だよね?」
「うん。いってらっしゃい」
「あ、いってらっしゃーい」
 
朋子はさっと支度をして出かけてしまった。
 
「・・・・・晩ご飯の買物に2時間も掛かる訳ないけど」
「もしかして気を遣ってくれた?」
「たぶん」と青葉は笑っている。
「気を遣ってくれすぎー、というか物分かり良すぎー」
「もしかしてイチャイチャしてもいいという意味?」
「少しくらいはいいんじゃない?」と笑って青葉。
「でも洗い物終わるまでは待ってて」
「あ、手伝う」
「ありがとう」
 
一緒に台所の片付けをしてから、上の青葉の部屋に行った。
「お勉強する?問題集上げないといけないんでしょ?」
「いや、それは後からやる。それより」
「これだよね」と言って、青葉は彪志に深く長いキスをした。
彪志が青葉を抱きしめる。青葉も彪志を抱きしめる。
 
キスは青葉の感覚では5分くらい続いた感じだった。取り敢えずその後座ってお話をした。
「あの後、全然俺の夢に青葉出て来てくれない」
「ごめーん。誰の夢に入っていくかって、自分では全然コントロール効かないから」
「他の友達の夢に入ってたの?」
「うん。だいたい女の子の友達の夢にね」
「お葬式で花束贈ってくれていた嵐太郎君?彼の夢には?」
 
「ランの夢には1度入ったよ。こないだ彪志の夢に入った翌週くらい」
「そ、そう?」
「申し訳無いけど、ランの恋人にはなれない。御免ね、って言った」
「そうか・・・」
「だいぶ彼からもまた口説かれたけど」
「え?」
「でもしっかり断ったよ」
「うん」
 
「お葬式の時は連絡するかどうか迷ったんだけどね」
「うん」
「彼は旅役者の座長さんなのよね。役者さんとして応援していくからとは言ってたし。そもそも私の愛は全部彪志のところにあるから、ランと関わりを持っても私の心は影響されることは無いから、変にこだわる必要もないと思って連絡した」
「分かった」
「誤解招くかもしれないようなことして御免ね」
「ううん。青葉の気持ちについては俺は不安は持ってないから」
「ありがとう」
「青葉の心は完全に俺に向けた自信あるし」
「うん。私の心は全部彪志に向いてるよ」
「ありがとう」
 
「でも、お葬式の時、ずっと私の手を握ってくれてたの、嬉しかったよ。あれで随分、私、支えられた気がした」
「少しでも役に立てたらと思ったし」
「とっても役に立ったよ」
「青葉・・・・」
彪志が青葉にキスする。青葉が彪志を抱きしめる。彪志も青葉を抱き返す。「好き」と青葉。
「俺も好き」と彪志。またキス。
 
「なんか・・・・・」
「ん?」
「したくなっちゃった」
「ふふ・・・いいよ。お母ちゃん、まだ1時間以上帰らないし」
「いいの?」
青葉はこくりと頷く。そして
「お布団敷いちゃおう」
と言って押し入れから布団を出し敷く。
「脱いじゃおう」
と言って、服を脱ぎ始める。どこからどう見ても女の子にしか見えないボディラインが露出する。胸は膨らんでいるし、お股の所はすっきりしている。ウェストがキュッとくびれているのも彪志の脳を刺激した。
 
「お先に」と言って青葉は布団に潜り込む。彪志は持ってきていた旅行鞄のポケットから避妊具を取り出し、服を脱ぎ、装着して布団に潜り込んだ。しばし裸のまま抱き合う。
「なんか、こうしてるだけでも気持ちいいね」
「うん、なんか凄く安心する気分」
「少しこのままでいる?」
「あ、えっと・・・・」
「ふふふ。ど・う・ぞ」
彼がやや恐る恐る始める。彼の波動が伝わってくる。何だかエネルギーをチャージしてもらっているような気分だ。気持ちいい。。。。彼の身体の振動に自分の振動をシンクロさせていく。この物理的な刺激だけでも心地良い。そして何よりも直接肌をくっつけていることで、彼から強い愛の念が青葉の中に流れ込んできた。妊娠って、ひょっとして精子と卵子で妊娠するんじゃなくて愛の念の流入と融合で妊娠するんじゃなかろうか?確かクロウリーもそんなこと書いてたぞ。青葉は何だかそんな気がしてきた。彪志が逝ってしまった後もずっと彼の背中を撫でる。青葉はとても幸せな気分だった。
 
彪志はそのまま眠ってしまった。旅の疲れかな?そう思って少し微笑む。時計を見る。たぶん30分くらいで起きたほうが良さそうだ。でも30分、私も寝てもいいかな、と思い、青葉は睡眠の中に入った。
 
青葉も疲れていたのだろう。そのまま、すとん深く眠りの中に入ったあと、ふと青葉は気付いた。
 
『あれ?ここは・・・・・』
少し先の方で、彪志が布団の中で寝ている。青葉はそこまで歩いて行き、彪志の唇に軽くキスをした。彪志がパチリと目を開ける。
『あれ?青葉』
『寝てるとこ起こしちゃった?』
『あ・・・いや・・・・あれ?ここって?』
『夢の中みたいね。キスで起こすなんて白雪姫みたい』
『えっと・・・俺の方が白雪姫な訳?』
『そそ。彪志の夢の中に2度目の侵入、成功♪』
『・・・・おっぱい触らせて』
『いきなりそうくるのか。どうぞ』
 
『凄くでかい』
『なんでか夢の中では私Fカップなのよね〜。ここまで大きくなくてもいいのに』
『あそこは・・・・』
『多分、完全な女の子』
彪志の所まで歩いて行った時は、何か服を着ていたような気がするのに、今青葉は裸になっていた。
『Hしたい?』
『したい』
『さっきリアルでしたばっかりなのに』
『夢の中でもしたい』
『じゃ、しちゃお』と言って青葉は彪志の布団の中に潜り込んだ。布団だと思っていたのに、いつの間にかベッドになっていた。ふわふわした感触だ。
 
『ちゃんと付けるね』
彪志はなぜかベッドの枕元に置かれていた避妊具を装着すると、青葉の身体を愛撫した。何だかリアルで抱かれている時以上に気持ちいいような気がした。
『クリトリスもあるかな?』
『たぶん』
『触ってみよう・・・・あ、たぶんこれかな?』
『あ・・・・』
それは今まで感じたことのない感触だった。こないだ夢の中でした時はこういうことまではしなかった。何て気持ちいいんだろう!?青葉は凄く淫らな気分になっていた。私ってちょっといけない子!彪志の唇を激しく吸う。やがて彪志は自分の指で確認しながら、青葉の女の子の器官にそれを入れてきた。わあ・・・・この感触もいいんだよなあ・・・と青葉は思う。早くリアルの身体も手術して、これをリアルでも味わえるようになりたい。そんな気がした。
 
さっきリアルでしたばかりなのに、夢の中ではまたちゃんと行ける状態だったのか、かなり短い時間で彪志は到達してしまった。あーん。もう逝っちゃった。もう少し楽しみたかったかな。でも彪志、凄い興奮してたから仕方ないよね。。。
 
少し置いてけぼりをくらった気分だったが、青葉はずっと彼の背中を撫でていた。5分くらい、そんな感じで続けていたら彼も少し落ち着いてきた感じである。
 
『リアルと夢のコンボすごい』と彪志。
『どちらも気持ちいいねー』と青葉。
『だけどさすがに夢の中で逢う度にこんなことしてちゃいけないかな・・・・』
『私に遠慮する必要はないけど、受験生だもんね。セックスに夢中になって彪志が志望校に落ちたりしたら私も困るし』
『月に1回までにしようかな・・・・』
『リアルと夢とあわせて?』
『いや、それぞれ1回まででどう?』
『いいよ。じゃ次は9月ね。それまでは我慢してその分、受験勉強頑張って』
『そうする』
 
『でさ』
『うん』
『青葉がそういうことができる年齢に達してからでいいんだけど』
『うん』
『夢の中で避妊せずにやってみない?』
『妊娠するかどうか試してみるの?』
『そう。してみたい』
『赤ちゃんできちゃった場合、私、ひとりで産まないといけないのかしら?夢の中まで産科のお医者さんとか助産婦さんとか来てくれないだろうし』
『俺が手を握っててあげる』
 
『うーん。じゃ、頑張ってみるかなあ・・・・・その赤ちゃんって、次に夢を見た時もちゃんと存在してると思う?』
『俺達の夢の中で育っていく。そんな気がする』
『凄いね。そういうこと起きたら』
『俺と青葉だから、そんなこと起きそうな気がする』
 
『彪志が大学出て就職してから、お金貯まったらエンゲージリング買ってよ。別に給料の3ヶ月分も使わなくていいから。というか、そんな高いの買うのはもったいないし。小っちゃい石でいいからさ。私、それもらったら、そんなことしてもいいよ』
 
『分かった。確かに青葉の性格からしたら100万とかする指輪贈ったりしたら、その分他のことに使いたかったとか言われそう』
『その分、御飯食べたり旅行したりした方がいいよ』
『だね。じゃ、一応ダイヤのリング買える所までは頑張る』
『うん』
 
『ところで、そろそろ起きた方がいい時間だと思うの』
『よし、起きようか』
 
ふたりは一緒に目を覚ました。そしてキスをする。
「さ、洋服着て、布団片付けて」
「うん」
 
「ところで今夜、俺どこで寝ればいいのかな・・・」
「この部屋で良いと思うけど。お母ちゃんは理解してくれるから。ただしお布団はふたつ。そしてH禁止」
「そうか。今月は1回しちゃったから・・・・」
「うん。また来月ね。お勉強頑張ってね」
「ああ、生殺しだなあ。青葉の傍で寝て、できないなんて」
「そのうち結婚したら1日中でもしてられるようになるよ」
「仕方ない。頑張ろう」
「うん。頑張ってね」
 
微笑んで青葉は彪志にキスをした。階下で母が帰ってきたような音がした。
 
 
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【春楽】(1)