【春変】(4)

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良は、渚と途中でカフェに移動して2時間くらい話し込んだので、別れたのはもう18時すぎである。夕方は混むので、良は伊予小松駅周辺で少し時間を潰し、20時過ぎに出発した。R11を40kmほど走り、松山市に到着する。
 
意外に大きな町なので驚く。
 
田舎の温泉と思っていたのに!
 
急に不安になるが、すいている時間帯を狙って入ればいいよと渚さんも言ってたし、と思い直す。
 
道後温泉本館に泊まろうと思っていたのだが、本館では宿泊はできないし、現在は工事中で、お風呂は使えるものの休憩室も使えないという。あ、そういえば工事中という話だった。
 
「じゃどこか旅館を探さないといけないですね」
と良が言うと
「あなた、ご予算はどのくらい?」
と訊かれた。
「相部屋は困りますが、ひとりで泊まれるなら、できるだけ安い所がいいです」
と良は言う。
 
「だったら、ここにお行きなさいよ。連絡しておいてあげるから」
と言うので、お礼を言って、紹介してもらって旅館に行き、泊まった。それでお風呂だけ道後温泉本館に来ることにした。
 
良はその旅館で夕食を頂いた後で、一息ついたらお風呂に行こうと思っていたのだが・・・
 

目が覚めたら、もう朝だった!!
 
仕方ないので、(10/7)朝御飯を食べてから行くことにする。旅館で朝御飯が出たので、それを食べ、念のためテープタックをやり直してから、お風呂道具と免許証・財布の入ったバッグを持ち、道後温泉本館に行った。札場で浴券を買い、何の問題も無く、右手の女湯脱衣場に入る。これが10時頃であった。
 
真新しい壁が左手にある。これが新設された壁で、これで元の男湯脱衣室を左右に区切ったのであろう。脱衣場には、80歳くらいの女性(女湯脱衣場だから女性のはず)が2人いて、何か話しているだけだった。良は彼女たちに背を向けて服を脱ぎ、タオルで身体の前面を隠して、浴室に進んだ。お股はタックしているから、付いてないように見えるはずと思う。
 
浴室にも客は5人くらいしかいない。見た感じでは40-50代の人が2人と60代の人3人かなと思った。
 
浴槽の中には大きな円柱形の“湯釜”があるが、そこには、それを見るのが目的のひとつだった、恵比寿・大黒の像は無い。でも工事中なら仕方ないかと思った。
 
身体を洗う。結構汗掻いてるなとと思う。髪を洗い、顔を洗い、今のところはまだ平らな胸を洗い、タック中のお股も洗う。良はこのタックして何も無くなっているお股が好きだ。最初やってみた時は、こんな画期的な方法があったなんてと感動した。もう女の子になっちゃった気分であった。ただ、タックの問題点は1〜2時間しかもたないことだ(と良はこの時期は思っていた)。
 
足まで洗ってから、身体全体にお湯を掛け、それから浴槽に入った。この時点で良は10分くらい浸かったらあがるつもりだった。どっちみちここは入浴は1時間以内ということになっている。
 

ところが、である。
 
そろそろあがろうかなと思った途端、団体さんが到着してしまったのである!
 
大勢入ってきて、洗い場が空くのを立って待っている人までいるので、良は上がるに上がれなくなってしまった。お股はタックで隠しているからいいけど、何も無い胸を見られたら、物凄くやばい。通報されて警察のお世話になるのは必至かもと思った。
 
それでしかたなく、良はこの団体さんが去るまで、浴槽の中で待っていようと思ったのであった。
 

良は結局その後、3時間くらい浴槽からあがることができなかった。
 
もっともずっと入っていると、さすがに熱中症か脱水症になりそうなので、人が少し減った時に浴槽からあがり、蛇口のお湯を飲んで水分補給した。しかし脱衣室まで行く勇気が無い。浴室の人数が少なくても脱衣場は人が多いので、胸が無いのを見られそうである。
 
更に途中でタックの留めているテープまではがれてしまい、現在はあれやこれをお股で挟んで隠している。今この状態を見られたらまるで女湯に侵入した痴漢にしか見えないだろう。
 
それで体力的にも、さすがにそろそろダメ。逮捕覚悟であがろうかと思い始めた頃、23-24歳かなという感じの女性がこちらに近寄って来た。良は『バレた?』と思ってギクッとする。
 
ところが彼女は意外なことを言った。
 
「大丈夫だよ。ちゃんと分かっているから」
 
良が戸惑ったような顔をすると彼女は更に言った。
 
「私も元は男の子だったんだよ」
「嘘!?」
「もう手術も終わってから10年近くたつかな」
「すごーい」
 
性転換してから10年って、この人、23-24歳にしか見えないんだけど、まさか中学生で性転換したとか?外国とか行くと、中学生に手術してくれる所もあるんだろうか??と良は疑問を感じた。
 
「私は千里。Thousand miles.君は?」
 
"Thousand miles"という英語の発音がきれいだと思った。
 
「私は星良(セーラ)です。star is good かな」
 

良はすぐあがるつもりだったが、団体さんなどが入ってきて、あがるにあがれなくなってしまったことを千里さんに説明した。千里さんは
「私と一緒にあがればいいよ」
と言ってくれて、良の身体を隠すようにして一緒にあがってくれた。そして脱衣場でも良が身体を拭いて下着をつけるまでの間、そばに居て他の客の視線から良を遮ってくれた。
 
「助かりました」
 
一緒に道後温泉本館を出る。時間超過していること(本来は1時間以内に出なければならない)を注意されたが、
 
「この子、中で気分が悪くなってしばらく休んでいたらしいんですよ。ちょうど知り合いの私が来たので、それで一緒に出ることにしたんです」
と千里さんは説明してくれて、4時間分の超過料金まで払ってくれた。
 
「すみません」
「まあ若い内は先輩のお世話になるといいね。君もその内、後輩の面倒を見てあげることになる」
と千里さん。
 
同じようなことを渚さんにも言われたなと思った。
 

取り敢えず、道後温泉本館を出たあと、道の途中で話す。
 
「あれが付いてて、胸が無いのに女湯に入るのはさすがに無謀だな」
と注意される。
 
「お股はタックしてたんですが、外れてしまって」
「何の接着剤?まさか木工用ボンドとかじゃないよね?」
「あ、いえ、荷造り用の透明テープだったのですが」
「テープなら外れるよ!」
「やはりそういうものですか?」
 
「防水テープなら、やや長持ちするけどね。それでも温泉成分で外れやすい。お風呂に入るなら最低接着剤で留めなきゃ」
 
「あ、それやったことないです」
 
「どっちみち、バストは何らかの方法で大きくしてから行くべきだね。まだ男に戻ることが可能な人は女湯とか女性更衣室に入ってはいけないと私は思う。最低男性能力が無くなり、胸もある程度膨らんでいて“後戻りできない身体”であることが最低条件。できたら睾丸も除去済みであること」
と千里さんは厳しい顔で言った。
 
「女性ホルモンを飲みたいのですが、なかなか入手方法が分からなくて」
「教えてあげようか?」
「あ、でも別の知り合いに今度教えてあげるよと言われました」
「しゃ、その人経由でも分からなかったら連絡して」
と言って、メールアドレスを教えてもらった。でもガラケーだ!今どき珍しいなと思った。
 
「だけど取り敢えず接着剤タックは教えてあげるよ。君の旅館に一緒に行こうか」
「お願いします!」
 

コンビニに寄って、千里さんは、瞬間接着剤と、ゴム手袋を買った。更にアイスを2個買う。
「アイスもおごってあげるね」
「ありがとうございます!」
 
「ちなみに毛は剃ってるよね?」
「あそこの毛ですか?」
「もちろん」
「短く切りはしたのですが。剃るものなんですか?」
「切っただけじゃダメだよ。剃らなきゃテープタックにしろ、接着剤タックにしろ、留められる訳が無い。すぐ外れちゃうよ」
「それで私の、すぐ外れていたのか!」
 
そこで千里さんは、女性用カミソリとシェービングフォーム、更に念のためと言ってハサミ、更に新聞を1部買った。
 

それで旅館に戻ると、アイスを食べて一息ついた所で、
 
「それではお嬢ちゃん。楽しいことを始めようか。お股を開きたまえ」
などと言う。
 
「それ凄くHなことされるみたいなんですけど」
「まあちょっと性転換するだけなんだけどね」
「ちょっとでできたらいいですね」
 
千里さんはやはり毛が長すぎると指摘した。ハサミででもう少し切れる筈というので、新聞紙の上に座り、良は自分でハサミを使い切れる所まで切って行く。このために新聞紙が必要だったのである。レジャーシートとかでもいいよと千里さんは言っていた。
 
その上でシェービングフォームを付けてカミソリで剃るが、玉袋の上はうっかり皮膚まで切ってしまいそうだ。実際何ヶ所か切っちゃって血が出る。そこを千里さんは持っていたオキシドールと脱脂綿で拭いて消毒してくれた。
 
しかし毛がきれいに無くなったお股は小学生みたいだ。良は懐かしい感じがした。
 
「あと毛を切った後は、切った毛が散りばりやすいから、ガムテープできれいに掃除する必要がある。でもセーラちゃんが持っている荷造りテープでも掃除できるね」
「なるほど、そこで荷造りテープが役に立つ訳ですか」
「理想を言うと、紙製のガムテープがいい。手で簡単に切れるから」
「なるほどー」
 
血が止まるのを待ってから次の作業に行く。
 

まずは睾丸を体内に押し込むよう言われる。これは良もよくやっているのですぐできた。それから、千里さんが(ゴム手袋をつけた手で)良の棒の先をかなり強く後方に引っ張る。その先を押さえておくように言われる。
 
「性的に興奮しないでね。興奮したらできなくなるから。何なら先に1発抜く?うしろ向いててあげるから」
「大丈夫です。気持ちを抑えておきます。オナニーはしないようにしています」
「偉い偉い」
 
良は中学2年の時に自分は女の子なのだから、男の子の機能は使わないと決め、もう5年ほどオナ禁を続けている。最初の1年くらいは辛かったが、慣れてしまうと、しなくても平気になった。オナニーしないことで男性ホルモンの分泌が抑えられ、結果的に我慢できる気もした。
 
それで良が棒の先を後ろの方に引っ張ったままにしている状態で、千里さんは、中身が無く空になった玉袋で棒を左右から包み込むようにして、接着剤で留めていく。その作業が手際よい。千里さんが元男の子って嘘では?という気さえしたのだが、こういうことができるということは本当に元男の娘だったのだろう。女の子はタックする必要が無い。
 
「すごーい」
と良は声を挙げる。
 
「この線が初心者の内はなかなかまっすぐにならないのよね」
と千里さんは言っているが、千里さんが接着剤で留めていく“継ぎ目”は、きれいな直線になっている。
 
「もう棒の端は離していいから、これが左右に分離しないようにしばらく押さえておいて」
「はい」
 
それで良は接着された玉袋が左右に分かれてしまわないよう、しっかり指で押さえておいた。
 

「だいたい5分もすればくっついて離れなくなるから」
「あのぉ、袋を接着した時、ついでに棒の皮膚も一部くっついちゃった気がするんですが」
 
「それは避けられないね。棒の上にビニールを置いてから接着すれば棒にはつかないけど、その場合そのビニールが取り外せなくなるから、おしっこした時にビニールが濡れて非衛生的だよ」
 
「ああ、それは困りますね。これ、このままおしっこできるんですよね?」
 
「全然問題無い。ただどうしても濡れて接着が弱くなるから、適当に補修しておいてね」
 
「はい」
 
「あと接着剤が棒の皮膚にもついている状態で、棒の中身が巨大化すると痛いから、巨大化させないようにして」
「それは我慢できるから大丈夫です」
「よしよし」
 
それで5分ほどした所で「そろそろいいでしょう」と言われて手を離す。
 
継ぎ目が美しい。まるで本物の女の子のようだ。良はあまりの美しさに、感動して声も出なかった。
 

「瞬間接着剤は強いから、お風呂くらいでは外れないよ。でもお風呂は、おっぱいがもう少しできるまでは控えよう」
 
「そうします。できたら、もう1回道後温泉に入っておきたかったけど」
 
「付いてってあげようか?」
「お願いします!」
 
それで良は千里さんと2人で道後温泉本館に行った。
 
「あら?あなたは」
 
「先程はご迷惑おかけしました。もう体調が回復したので、あらためて入浴していいですか?」
「まあ付き添いがいるならいいかな」
と言って、受付の人は通してくれた。今回は良が2人分払った。
 
むろん一緒に女湯に入る!
 
それであらためてのんびりと入浴したが、接着剤タックは、身体を洗っても浴槽に浸かっても、ビクともしなかった。これすごーいと思った。
 

お風呂の中では、あらためてお互いの旅のことなどを話したが、千里さんは歩いて四国88ヶ所を回っているというので驚く。
 
「何kmあるんですか?」
「約1200kmだね」
「ひぇー」
「普通の人は50-60日かかるみたい」
「千里さんは普通じゃないんですか?」
「まあ私は元日本代表のバスケット選手だし。だから30日くらいで歩くつもり」
「元日本代表ですか!凄い」
 
そういえば、千里さんの腕とか足とか凄く太いと思った。男性でもこんなに太い人は、そうそう居ない。
 
「どうした?」
「いえ、千里さん凄い筋肉だよなと思って。あ、ごめんなさい」
 
「日本は天照大神(あまてらすおおみかみ)が主宰する女神の国だよ。日本の男ってだいたい優しすぎるから、女が強くならないとね」
 
「あ、それは思ったことあります」
「セーラちゃん、筋肉付かないようにって、あまり運動してないでしょ?」
「室はそうです」
「でも男と女は身体を鍛えても筋肉の付き方は違うんだよ。私の身体を見て男にみえる?」
 
「いえ、凄い女らしいです」
 
おっぱいも大きいし、などと思う。渚さんと、どちらが大きいだろう?
 
「だから、セーラちゃんも安心して運動するといいよ。別に男っぽくはならないから」
「考えてみます」
 
それはやはり女性ホルモンを摂っている前提での話だろうな、と良は思った。
 

40分ほどであがる。浴室を出る時、ふと振り返ったら、湯釜に2つの神像が立っているのに気づく。あれ?もしかして、あれが、恵比寿・大黒?とも思ったが、「どうしたの?」と言われて、千里さんの方を向き
「いえ」と言って再度浴室を見ると、湯釜に像は見当たらなかった。
見間違いかな?と思った。
 
受付の人に会釈して外に出た。
 
「タックは、すごくきれいにできてるから、しばらくこのままにしておこうかな」
と良は言う。
 
「まあ1週間くらいはもつと思う。剥がす時は、接着剤の剥がし液より、ほぼ同じ成分のエナメルリムーバーのほうが肌に優しいよ」
と千里さん。
 
「ああ、同じ成分なんですか」
「剥がし液を使うと、皮膚が熱くなる場合もある」
「それちょっと恐いですね」
 
「あと長時間タックしていると、睾丸の機能が失われることあるけど」
「失いたいです」
 
「じゃまあいいか。でもそれ以外にも血行障害とかが起きる可能性あるから異常を感じたら、すぐ外してね」
「分かりました」
 

それで千里さんとは握手して別れた。力強い腕だった。
 
別れ際にお遍路の納め札を頂いたが、三つ巴のような紋の“透かし”が入った和紙に、自分で押したっぽい三色のカラーバスケットボールのスタンプが押してあり(三色インクを付けるのは大変な気がした)“千葉県・川島千里”と署名されていた。
 
「かっこいいですね」
「私はバスケット命だからね」
「そういう打ち込めるものがあるのはいいですね」
 

長野龍虎(アクア)は、(2019年)11月にロマンティック街道で写真集の撮影をするから、その前にパスポートを更新しておいてと言われていたのだが、その日たまたま時間が取れた龍虎Fが更新手続きに行くことにした。
 
自粛して男子制服を着て、写真屋さんに行き、パスポート用の写真を撮ってもらう。例によって
「最近は、男の子になりたい女の子は堂々と男装して写真撮るようになったよね」
などと言われて、Fは悩んだ。
 
その写真と申請書に現在のパスポートを添えて、新宿のパスポートセンター窓口に提出した。
 
「代理の方が申請なさる場合は申請書のここ、委任申出書の欄に御本人の署名が必要なのですが」
「私、本人です」
「え?でもこの申請書は男性のものですよ」
「私、男です」
 
窓口の人はしばらく考えていたものの
「分かりました」
と言って受けとってくれた。
 
まあ最近は性別が微妙な人多いし、係の人も慣れてきているかもね、とFは思った。
 

Fは《こうちゃんさん》に言った。
 
「ボクのパスポートさ、性別が男になってるから、毎回何かとトラブるじゃん。いっそパスポートの性別は女にしておけない?」
 
「まあそれは本人が女に性転換すればパスポートも女にできるな。今から手術してやろうか?3〜4時間もあれば、可愛い女の子に生まれ変われるぞ。お前自身のIPS細胞から育てた、女の生殖器セットもあるから、ちゃんと子供も産めるようになるぞ」
と言って、Mを見る。
 
「嫌だ。女にはなりたくない。性転換反対!」
とMは強く抗議した。
 
Fはその女性生殖器セットって、以前まだ3分裂する前に、ボクの身体に埋め込んだのと同様にして作ったものだよね?と考えていた。きっと、また同様の方法で“2セット”作ったのだろう。
 
しかしNはドキドキしたような顔をしていた。
 
Fは、ボクたち今は男2人と女1人だけど、男1人と女2人になるのは時間の問題かな、と思っていた。Nが女の子になりたいと言えば、こうちゃんさんは速攻で手術してあげるだろう。
 

古庄夏樹は、突然性転換してしまった後、翌日を無事女の身体のまま過ごしてから、その更に翌日(9月26日)、早朝に足摺岬近くの旅館を出て愛車 YZF-R3 に乗って道を進んだ。
 
まずは月山神社に向かう。一応スマホの地図で場所は確認しているのだが、地図を見た夏樹は
「この近くだなんて嘘だ!40kmもあるじゃん」
と思った。
 
これだから田舎の人の「近く」は当てにならない、などと文句を言いながら、R321を走ったが、山中を突っ切る県道21号(県道土佐清水宿毛線)よりも良かったかもと思った。何と言っても景色が素晴らしい。
 
月山神社の場所は、あらかじめ確認しておかなかったらいくらナビがあるとはいえ、不安になったかもと思った。小さな神社だが、趣きのある所だった。三日月型の石があり、これがここのご神体にもなっているようである。これにお参りしたら“月からの使者”が来たりして、などと不純なことを考えた。
 
月山の後は、海岸沿いに進むことも考えたが、かなり道が細そうなので、無理せず素直に国道との分岐点まで戻ってから、R321を延光寺方面へ走った。この日は39.延光寺(土佐路最後の札所)から44.大寶寺までを打ったが、41.龍光寺から43.明石寺に至る道(県道31号・歯長峠越え)もとっても“素敵”だった。正直300ccでは、やや辛く感じるほどだった。
 

この日最後に打った大寶寺には宿坊があるので、訊いてみたら本当は予約が必要なのだが、空きがあるので泊まれるということだった。それで夏樹は宿坊初体験をすることになる。
 
部屋に案内してもらうが、女性のみ(男女混じってたら大変だ!)7人が中におり、夏樹が8人目だったようである。夏樹は
「よろしくお願いします」
と挨拶をして中に入る。
 
「貴重品はこちらの金庫に入れておいてね」
と金庫を示される。ここはお勤めなどで無人になる時だけ施錠するということらしい。夏樹は財布などはずっと身につけておくつもりなので特に中にはいれない。
 
「どちらの方ですか?」
と50歳くらいの女性から尋ねられる。
 
「千葉県から来ました」
 
「ライダースーツが格好いい!バイクでお遍路ですか?」
と27-28歳くらいの女性。
 
「ええ。300ccなんですけどね」
 
「いいなあ。私はスクーターにしか乗ったこと無い」
「二輪免許取ればいいですよ。若い内に取っておいた方がいいですよ」
「再婚するあてもないし、取っちゃおうかなあ」
「もしかして、旦那さん、亡くなられたとか?」
「どうして分かるの!?」
「大変でしたね。でも悲しみをお遍路道に捨てて、再出発しましょうよ」
「ありがとうございます。何人かの方から、そう言われました」
 
「まあ、ここは死と再生の道だよね」
と60歳くらいの女性が言う。彼女は夫と2人で自動車で回っているらしいが、宿坊なので、夫とは別々の部屋である。
 
しかしあれこれ声を交わす間に夏樹はすっかり女部屋に馴染んでしまった。
 
(元々夏樹は男性たちと話すより女性たちと話す方が好きで、会社でもしばしば女性の同僚と一緒に食事をしたりスイーツを食べに行ったりしている)
 

18時頃、宿坊宿泊者全員で本堂に行き、お坊さんたちのお経?を唱えるのを合掌して聞いていた。しかし大勢だ。後から聞いたのでは、この日は男部屋は満員で、女部屋は残り5人だったらしい。夏樹が男だったら断られていた所だ。
 
その後、部屋に戻って夕食となる。夕方のお勤めをしている間に、職員の手で各部屋に食事が運び込まれていたようである。合掌して頂く。精進料理ではあるが、味付けが良いので、物足りないような感じもなく、美味しく頂いた。
 
食べ終わった食器は廊下に出し、写経をする。お手本が配られ、墨汁と筆が用意されていて、それで書く。筆で書けるかなと不安だったが、筆も紙も良いもののようで、にじまないし筆の腰もしっかりしていて書きやすかった。いい筆なんだろうなと思う。しかし、ここに泊まっている人たちは少なくとも夏樹の部屋は全員お遍路なので、般若心経はもう何十枚と書いている人ばかりである。静かに写経の時間は過ぎていく。
 
そしてこの時間に、順番にお風呂に案内されているようだった。女部屋は3つしかないので、夏樹たちは20時頃にはお風呂に案内された。
 
洗い場が12個しかない。狭い浴室だが、特に問題はない。男性は30分サイクルで入るように言われたらしいが、女性たちは余裕があるので、だいたい40-50分以内にあがればよいようで、のんびりと入浴できた。しかしこれで女湯体験は2度目である!
 

お風呂の後は部屋に戻り、22時消灯ということだったが、疲れているので、夏樹は「お先に失礼します」と言って寝ることにする。
 
「あんたはここに寝なさい」
と、どうもこの日の仕切り役になったっぽい40代の女性に言われて、夏樹は窓際の端の布団に寝た。どうも若い女性を窓側にしてくれた感じもある。夏樹は37歳なのだが、まだ30前後に見られることが多いようである。
 

9月27日は朝6時起床である。そして6時半からまた本堂でお勤めがあった。その後、各自の部屋で朝御飯を頂く。その後は希望者はお寺の中を案内してもらえるということだったが、夏樹は次の岩屋寺がわりと大変そうだったので早めに出させてもらうことにして、7時半には同室の人たちに挨拶して出発させてもらった。
 
20分ほどでその岩屋寺の駐車場に着くが、ここは駐車場からお寺まで30分かかった!朝からなかなかハードだと思ったが、昨夜ぐっくり寝ているので元気に歩くことができた。結局ここは往復の時間がかかり、出発するのが10時頃になってしまう。しかしその後は、順調に打って行き、15時頃、今日最後の予定であった51番・石手寺を打ち終える。
 
道後温泉に行く。
 
道後温泉本館は現在工事中でもあり、休憩室も閉鎖されているので、純粋に入浴だけしかできない。それは下調べで分かっていたので、近くの他の旅館に泊まって、温泉だけ入りに行くのである。
 
昨夜も一昨夜も女湯に入っているので、この日夏樹はもう余裕だった。お風呂セットを持ち、本館に行く。北側の入口から入ると、右側の女湯への入口を入る。中は女性客ばかりである!(当然)
 
それで服を脱いで裸になり、浴室に移動する。身体をよく洗って入浴した。1時間以内に出ればいいということなので、夏樹は1度入って、いったんあがって休憩し、再度浴槽に入ってから出ようと思った。
 

この日は年齢の高い客が多く、夏樹はあまり他の客とは言葉を交わさないまま一度あがって脱衣場で休憩する。それで少し休んで飲み物なども飲んだので、また浴槽に浸かってこようかなと思った時だった。
 
急にお腹が痛くなった。胃腸系の痛みではなく、いわゆる生理系の痛みなのである。夏樹は青くなった。つまり3日前に5度も体験した、あの痛みに似ている。
 
昨日も一昨日も、そして今日もこれまで安定して女の身体のままだったので安心していた。しかしまさか、また性転換しちゃう?
 
女湯の中で男の身体になったら、警察に捕まるぞ。
 

夏樹がお腹を押さえて苦しそうにしていたら、30代の女性客が寄ってきた。
 
「あなたどうしたの?」
「いえ、よく分からないけど、急にお腹の痛みが」
「見せて。私は看護師です」
 
看護師さん!?物凄くやばい気がする。
 
しかし断る理由もない。それで夏樹はその看護師さんに身体を向けた。
 
彼女は夏樹の身体、特に下腹部をあれこれ触っていたが、やがて
「あら」
と言った。
 
「あなた、これ生理が来ただけじゃん」
「生理??」
「来る予定無かった?」
 
夏樹は首を振る。生理が来る?なんで私に生理とか来る訳??卵巣も子宮も無いはずなのに(無いと思うのに)。
 

「ナプキン持ってきてる?」
「あ、はい」
と言って、いつもバッグに入れている生理用品入れ(100円ショップで買った布製のやや乙女チックなもの)を取り出す。中からナプキンのパックを1個取り出す。
 
「あるなら安心ね。じゃそれをショーツにつけてしばらく安静にしてなさいよ。ここは長居できないから、宿が近いなら戻って休んだ方がいいかも」
と看護師さん。
 
「そうします」
それで夏樹は頭が混乱する中、ナプキンのパックを開けて中身を取り出し、シートを剥がして粘着面をパンティの股布に当てる。そしてパンティを穿き直した。
 
(ナプキンの付け方は、何度も“生理ごっこ”をしているので慣れている)
 
それで夏樹は頭の中が混乱するまま服を着て、看護師さんにお礼を言うと脱衣場を出た。そして旅館に戻ったが、旅行バッグの中からナプキンの予備を取り出すと、替えのパンティも持って、旅館のトイレに入った。
 
そして便器に座ってしばらくボーっとしていた。
 
夏樹はさっぱり分からないと思った。なんで生理なんか来たんだろう?と考える。月山神社に参拝して三日月の石を拝んだから、月の者が来たとか?
 
まさか。
 
でも卵巣とか子宮とか無いはずなのに・・・と思うが、10分くらい考えていて、夏樹には大きなパラダイムシフトが起きた。
 
生理が来るってことは、つまり自分には卵巣や子宮があるということでは?
 
つまり自分は完全な女性になっていて、要するに妊娠だってできるかもということでは?まあ、さすがに37歳での出産は辛いかもしれないけど。
 

時間軸がずれているが、星良のほうに話を戻す。
 
(実は夏樹と星良は完全に時間軸がずれている。夏樹は9/20に四国に来て、9/24に香南市で千里と接触して性転換。9/27に道後温泉を訪れ“初潮”が来る。そして10/2に霊山寺まで打ち終えて千葉に戻っている。星良はその後10/4に大阪を出て四国入り。10/7に道後温泉で千里と接触した。星良が四国を出るのは10/10になる。詳しくは後日掲載する予定の四国Xチャートを参照)
 
道後温泉で危ない所を千里に助けてもらった星良は、道後温泉で1日過ごした翌日(10/8)は、まずは松山市内観光をした。本当は昨日、朝道後温泉に入った後、市内観光するつもりだったのが、完全に1日ずれてしまった。
 
旅館を出てすぐの“道後ぎやまんガラス美術館”を見た後、松山城に行くことにする。予定としては、午後から坊ちゃん列車に乗って、坊っちゃん列車ミュージアムなども見ようと思っていた。
 
(ロープーウェイより面白そうだから)リフトで登ろうと思ったら、何だか団体さんでも来たのか、チケット売場に凄い列ができている。仕方ないので待っていたのだが
 
「君」
と声を掛ける人がある。
 
「はい?」
と言って振り向くと60代のご夫婦である。
 
「君、若いだろう?女子高生?」
とご夫婦の夫の方が尋ねる。
 
「大学生ですが」
 
でも若く見れるのは嬉しい。
 
「若い子はこんな楽なものに乗らずに歩いて登りなさい」
「はい?」
「私たちと一緒に来るといい」
「はあ」
 
それで、よく分からないまま、星良はご夫婦と一緒に遊歩道を登り始めたのである。
 

「この人、待つのが嫌いなだけですよ」
と奥さんの方が言っている。
 
「たしかにかなり待ちそうだなとは思いました」
「同じようにして、去年は男山を登らされたんですけどね」
 
「男山?」
「石清水八幡と言ったほうが有名かな」
「あ、聞いたことあります。鎌倉かどこかでしたっけ?」
「鎌倉にあるのは、鶴岡八幡宮。石清水は京都ですよ」
「あ、そうでした?」
 
「徒然草に、仁和寺の僧・石清水に参る、という話があったの知らない?」
 
「知りません」
「こういう話なのよ」
 
と言って、歩きながら奥さんは話してくれた。(徒然草52段)
 
仁和寺の僧が年を取るまで石清水八幡に参拝したことが無かったので、ある時思い立って、ひとりで参拝に行った。それで麓にある極楽寺・高良などを拝んで帰ってきた。そして人に言う。
 
『ようやく念願を果たしました。聞いていたのより、ずっと良い所でした。それにしても参拝に来た人がみんなお山に登って行っていましたが、あれは何でしょうね。八幡様に参拝するのだけが目的で、遊びに来た訳でもないので私は山には登らずに帰りましたが』
 
と。
 

「それ、石清水八幡の本体は山の上にあるというオチですか?」
と星良は尋ねた。
 
「そうそう。あそこも結構な山の上だから、観光客はみんなケーブルカーで登る」
「でも歩いて登っている人も多かったぞ」
「この遊歩道も結構歩いている人いますね」
「1時間くらいで登れるから、こんなのは歩いた方がいいよ。健康にもいいし」
と旦那さん。
 
「あなたは息があがってるみたい。私たち年寄りだからペース遅いのに」
と奥さん。
 
「一昨日も金比羅さんで運動不足を感じました」
と星良は答えたが、なんだか今日は特に疲れやすい気がした。旅の疲れが溜まっているのかな?
 
「金比羅さんは私たちは明日行くつもり。やはり歩くの?」
と後半は夫に訊く。
 
「あそこは歩いて階段を登る以外の手段が存在しない」
「でも裏参道はあるんでしょ?」
「そんな所から行くのは邪道だ」
 
しかしともかくも、1時間ほどで星良たちはお城のある所まで登ったのである。結構疲れたなと思っていたら、奥さんが「おやつ」と言って、売店のアイスをおごってくれた。
 
「ありがとうございます」
「私も、若い女の子と一緒に歩けて楽しかったからね」
 
ああ、私はちゃんと女の子に見えているよね?
 
ご夫婦からは、名刺代わりにと言って、お遍路の納札を頂いた。レリーフが施され、切り紙もされている上品な和紙の納め札である。
 
「素敵な紙ですね」
「まあ本職だからね」
「本職?」
「この人、製紙工場を経営しているのよ」
「へー。それは凄い」
 
どこかの町の製紙工場なのかな、くらいに星良は思った。
 
しかし、渚さんの納札、千里さんの納札、そして八重夫婦の納札、それぞれ個性豊かだ。自分は信心も無いし、お遍路とかするつもりは無いけど、自分ならどういう納札を作るかな?などと星良は考えていた。
 

星良は頂いた納札を見ていてふと思ったので、
 
「お名前は、やえ・たつみさんですか?」
と尋ねてみた。
 
「よく読めたね」
と旦那さんは感心している。
 
旦那さんの方の納札には“熊本県・八重龍宮”と書かれているのである。多分“りゅうぐう”ではないだろうと考えていたら、唐突に“たつみ”という読み方を思いついた。正解だったようだ。「読めた人にはこれをあげることにしている」と言われて、素敵な切紙の栞も頂いた。
 
「私の名前は読める?」
と奥さん。
 
えっと・・・
 
奥さんの納札には“熊本県・八重響姫”と書かれている。「読める?」と訊かれたからには、きっと単純な「ひびき」とか「おとひめ」ではない。
 
「くらみさんですか?」
 
「正解!あなた凄いよ。これ読んだ人、あなたが3人目」
 
と奥さんは喜んでいる。唐突に思いついて言ってみたのだが、以前にこれを読んだ人が凄いぞと星良は思った。響くというのは音で聞いているということでつまり暗闇でも音で分かるということ。だから“くらみ”ではないかという気がした。しかしほとんどなぞなぞだ!
 
「私はお遍路ではないので納札は持っていませんが」と言って、星良は名刺代りに一昨日観音寺の道の駅で買った一筆箋に“豊中市・星良”と書いて、奥さんに渡した。
 
「つつ・あきらさん?」
と奥さんが即読んだのには驚いた。
 
「苗字を“つつ”と正しく読んでもらったのは初めてです」
 
「なんか“ほし”ではない気がしたのよね」
と奥さんは言っている。凄い勘だ。それに「星」に「つつ」という読み方が存在することを知っている人自体がひじょうに少ない。星の古名なのである。月(つき)の世界から転生してきた、かぐや姫が“筒木”(つつき=竹)の根元に置かれていたというのは、とても意味深である。
 
「難読氏名大会になったね」
などと旦那さんの方が笑っている。
 
「だけど、私、星良と署名すると、よく苗字から書いてと言われるんですよ」
「ありがちありがち」
 
「舘元という知り合いがいるよ。“たて・はじめ”という名前なんだけど、たいてい“たてもと”という苗字と思われて『下の名前までお願いします』と言われてしまう」
「やはり苦労している人いますね〜」
 

一息ついた所で、トイレに行ってから、城内を見て回る。
 
ちなみにトイレは昨日接着剤タックしてもらった後、既に5回くらい行っているが、まるで女の子になったかのように、凄く後ろの方からおしっこが出るのがいいなと思った。それに、ふだんの状態でするおしっこは「飛ぶ」感じなのが、タックしている状態でのおしっこは単純に「落ちていく」感じなのである。将来、性転換手術を受けて本物の女の子になれたら、もっと感じが違うのかな、などと星良は考えていた。一週間くらいはもつと千里さんは言っていたけど、ずっとこのままならいいなと思う。自分でもできるように頑張って練習しようと星良は思った。
 
天守閣に登る。
 
また階段だ!
 
でも1時間遊歩道を歩いたのに比べたらすぐである。そして眺めは素晴らしかった。
 
「歩いてここまで来たから、よけい素晴らしいのかも」
「ああ、それはあると思うよ」
 
結局帰りも歩いて下まで降りることになる。
 
降りたところで「お昼をおごってあげますよ」と言われ、瀬戸内海名物の鯛飯とカキフライの御膳をごちそうになった。とても美味しかった。
 
星良はご夫婦に、よくよくお礼を言って別れた。
 

カフェで少し休憩し、またトイレで「女の子みたいな」おしっこをしてから、佐田岬を目指す。時間が無くなったので、ぼっちゃん列車はパスだ。
 
松山市内を出たのが13頃半である。走りやすいR56ではなく、海岸沿いのR378を走り、八幡浜市内でR197に折れる。ここを30kmちょっと走ると大分への国道フェリーの船着き場がある。ここから更に県道256号を8kmほど走って(正確には国道197号と県道256号の間で県道255号を2kmほど通る)、佐田岬灯台の駐車場に到着したのは17時少し前だった。
 
「間に合ったかな」
 
この日の日没は、前夜ネットで確認しておいたのでは、17:48である。
 
駐車場から展望台まで距離としては500mくらいなのだが、これを歩くのに20分くらい掛かった。今回の旅では金比羅さん、松山城、と脚力を使う所が多いなと星良は思う。
 
展望台に到着すると、もう夕日は海のすぐ近くである。星良の他は若いカップルが3組、夕日を見ている。星良はそのカップルたちを見ないようにして、灯台や豊予海峡を見ていた。
 
この海峡で豊後水道と瀬戸内海(伊予灘)が分けられる。速吸瀬戸(はやすいのせと)の別名もある、潮流が極めて速い海域である。“関鯖”“関鰺”が獲れる海域だが、同じものが愛媛県側に水揚げされると“岬鯖”“岬鰺”と呼ばれる。
 
やがて太陽が海に触れると、どんどん沈んで行き、太陽は水面下に没してしまった。
 
カップルたちはキスしたなと思った。それで星良は彼らに目をやらないように気をつけて、しばらく太陽が沈んだ後の西の海を見詰めていたが、やがてカップルたちを放置して遊歩道を戻る。既にキス以上のことを始めている組もあったような気もしたが、視線をやらないようにした。
 
駐車場に戻ると、あまり暗くならない内に、県道256号・国道197号を走り、八幡浜市まで来る。
 
ここで夕飯に“八幡浜ちゃんぽん”を食べる。あっさり系のお魚スープ??に具だくさんで、なかなか美味しかった。
 
夕飯を食べている間に八幡浜市内の旅館を予約したので、そこに入って宿泊手続きをした。夕飯はどうなさいますか?と訊かれる。一応ちゃんぽんを食べてきたのだが、まだ入りそうな気がしたので、頂くことにした。お魚をふんだんに使った御飯で美味しかった。
 

渚さんにメールしてみると、向こうは明日いっぱいでは終わらず、多分10日の朝までかかりそうということだった。それで直接電話で話したのだが、渚さんの最後の巡礼地となる鳴門市の霊山寺(りょうぜんじ)で落ち合おうということにした。すると星良は明日1日かけて鳴門市まで行けばよいことになり、楽勝である。
 
場合によっては夜中に出発しようかとも思っていたのだが、渚さんの状況を聞いて明日の朝出ることにした。
 
お風呂に行ってくることにする。
 

もちろん女湯に入る気満々である。
 
千里さんからは、おっぱいを大きくするまでは女湯は控えるように言われたのだが、松山ほどの都会ではないし、大丈夫だよね?などと思う。それに私、今“ちんちんが無い”状態だから、男湯には入れないもん、などとと勝手な言い訳を自分にしている。
 
それでタオルとお風呂セットを持ち、地階まで降りた。大浴場は地下にあるようなのである。エレベータを降りてから青と赤・2本の線が引かれているのに沿って進む。廊下の突き当たりで、矢印が左右に分かれる。
 
青い線は左、赤い線は右に進む。星良は赤い線に沿って、右に曲がった。
 
ドキドキ。
 
どうか人が多くいませんように。
 
女と描かれた赤い暖簾をくぐる。
 

うっそー!?と星良は思った。
 
人が多いのである。
 
(21時頃来れば人が多いのは当然)
 
星良は戻って、時間をずらしてまた来ようかなと思った。
 
ところが星良が立ちすくんでいたら、中にいた21-22歳くらいの女の子が声を掛けた。
 
「どうかしたの?」
「いや、ここは女湯だよな、と思って」
「私たちが男にみえる?」
「ここが男湯で、ここにいるのがみんな男だったら凄いね」
と隣にいる27-28歳くらいの背の高い女性(?)が笑って言っていた。
 
がっちりした身体付きで、背も高く(180cm近い)、声も低いし、髪も短いので男のようにも見えるのだが、女湯の脱衣場にいるということは、きっと女なのだろう。
 
しかし何かそういう会話を交わしたことで、星良は戻るに戻れなくなってしまった。
 

それで、どうしようと思っていた時、後方から
 
「失礼します」
と言って、星良を脱衣場の中に押し込むようにして入ってきた女性がある。
 
「みなさんお休みの所、大変失礼します。私は八幡浜署のものです」
と言って、女性は黒い手帳を開いて、身分証明書のようなものを提示した。
 
警察!? 嘘、私、逮捕されちゃう!
 
ああ、千里さんの忠告を聞かなかったばかりに、とさすがに星良は後悔した。
 

「実はこの旅館の女湯に男が侵入しているという通報があったので確認に来ました」
などと女性警官(私服なので刑事なのかも)は言っている。
 
星良も含めて全員顔を見合わせている。
 
さっき星良に「ここにいるのがみんな男だったら」と言った、背の高い女性(以下Bさん)が手を挙げた。
 
「それ多分、私のことじゃないかな。男と間違われて通報されるのには慣れっこ」
と言っている。
「この子、バレー選手なんですよ」
と隣にいる、最初に星良に声を掛けた女性(以下Aさん)が言う。後から聞いたら姉妹だったらしい。全然似てない姉妹だ!しかも年長と思っていた背の高いBさんの方が妹で、21-22歳くらいと思った人Aさんが姉で28歳だったらしい。女の年齢は分からんと星良は思った。
 
「でも脱いでみれば分かるね」
とAさんが言うので
 
「じゃ脱ぐね」
と言って、長身のBさんは服を脱いで裸になってしまう。Cカップくらいのバストがあるし、お股には何も突起物は付いていない。女性の裸を見て、興奮する星良ではないが、意外に女らしい身体つきなので、ちょっとドキドキした。
 
「間違いなく女性ですね」
と女性警官は言った。
 
「この子だけ脱いだら可哀想だから、私も脱ぐね」
と言って、Aさんも脱いでしまう。
 
Eカップくらいの大きなバストがあるし、やはりお股には何もついていない。
 

「だったら、誤報だったということかな。失礼しました」
と言って、警官は帰ろうとした。ところがそこで40歳くらいの女性(以下Cさん)が言った。
 
「その子たちだけ脱いだら可哀想だよ。私も脱ぐよ」
と言って、彼女も脱いでしまう!
 
微妙に崩れた体形の女体が露わになる。むろんお股には何も付いていない。さすがにこの裸体はあまり直視したくない気がした。
 
「んじゃ私も」
と言って、70歳くらいの(たぶん)女性まで脱いでしまう。あまり詳述したくないが、確かに生物学的には女であることが確認できる。
 
それで他の客も「私も」「私も」と言って、次々と脱ぎ始めたのである。
 
「みんな脱いじゃうの?」
「どうせお風呂に入るんだし」
「それもそうだ」
などと言っている人たちもいる。
 
星良はヤバいと思った。「誤報でしたね」と警官が納得した所で帰ってくれたら何も問題なかったのに、これでは星良はやはり逮捕されちゃいそう!
 

それで焦っている所で、警官は「ちょっと待って」と言い、浴室とのドアを開ける。
 
「入浴中のみなさん、私は警察のものです。大変申し訳ないのですが、みなさん立ち上がってこちらを見ていただけますか?」
と声を掛ける。
 
それで10秒ほどで「ありがとうございました。失礼しました」と言って、こちらを向く。浴室にいた客は全員、女と確認できたのだろう。
 
残りは脱衣室にいる客である。15人ほどいる中で10人くらいが服を脱いでしまい、まだ脱いでないのは、星良を含めて5人である。
 
「そこの子、変な疑いを掛けられない内に脱いじゃえばいいよ。どうせ今からお風呂に入るんでしょ?」
とAさんがいう。
 
星良はどっちみち逮捕されるのなら、早く逮捕されても遅く逮捕されても同じだと思った。それで覚悟を決めて服を脱ぐ。
 
最初にスカートを脱ぎ、パンティまで脱いでしまう。下半身の裸が露わになるが、これはお股をタックしているので、女の股間に見えるだろう。実際Aさんも「ほら、女の子だったね」と言ってくれた。
 
でも問題はその先である。
 
ポロシャツを脱ぐとまるで胸が膨らんでいるかのようなシルエットのTシャツが見える。これはブラジャーをしているからそう見えるだけだ。そのTシャツを覚悟を決めて脱ぐ。この時、星良は「あれ?」と思った。ブラジャーの中身が異様な気がした。
 
ブラジャーを外す。
 
“豊かなバスト”が露わになる。
 
「間違いなく女の子だね」
とCさんも言った。
 

星良は混乱していた。
 
何でおっぱいがあるの〜〜〜?
 
しかし残るは4人である。
 
30代の女性が言った。
 
「私、実は乳癌の手術で、おっぱい取っちゃったの。だからおっぱいが無いから女に見えないかも知れないけど」
 
と言って、彼女は服を脱いだ。バストは確かに切除した跡が残っている。ちなみにお股には何も無い。
 
「たいへん失礼しました。女性であることを確認できました」
と警官。
 
「あなた先に浴室に行ったら?」
と4番目に脱いだ70歳くらいの女性が言う。
 
「では失礼します」
と言って、彼女は浴室に移動した。
 

残りは3人である。
 
「私はおっぱい取ったわけじゃないけど、おっばい小さいから恥ずかしかったのよね」
と言って、27-28歳の女性が脱いだ。
 
確かにこの年齢でAカップサイズというのは小さい気がした。でも個人差の範囲だと思った。ちなみにお股には何も無い。
 
残りは2人だ。顔を見合わせている。
 
「私、レスビアンなんです。実はうっかり、ちんちんを付けたままここに来てしまって」
と言って、ひとりの女性が服を脱ぐ。おっぱいは結構あるのだが、お股に異様なものが付いてるので、ぎょっとする。しかし彼女はその突起物まで、服を脱ぐかのように、取り外してしまった。
 
私のおちんちんもあんな風に取り外せたらいいのにと星良は思った。
 
「トイレにでも行って、外してこなきゃと思ってたんですよ」
とその女性。
「失礼しました。でもベースは女性であることを確認しました」
と警官。
 

残るは1人だ。
 
その時、Cさんが言った。
 
「通報したの、あんたじゃないの?なんかさっき背の高い子見て変な顔してこそこそとメール打ってたし」
 
「だからどうだと言うのよ?結局みんな女だったから問題ないじゃん」
とその女性は開き直ったかのように言っている。
 
「誰が通報したかは詮索しませんが、よろしかったらあなたも脱いでください。その後で、お詫びに私も脱ぎますから」
と女性警官。自分も脱ぐというのは凄いが、むろん“任意捜査が完了”した後だろう。
 
「脱ばいいんでしょ?」
とその女性は文句を言うと、着ていた浴衣を脱ぎ、ババシャツを脱いだ。
 
シーンとする。
 
その人にはまるで胸が無く、男のような胸だったのである。
 
「嘘!?なんでこんなに胸が無いの?」
とその人は焦るように言った。
 
「下も脱いでください」
と女性警官が厳しい声で言う。
 
その人がおばちゃんパンツ(ズロース?)を脱いだ。
 
女性には普通存在しないものがそこから出てくる。
 
女性警官はその人に歩み寄ると
「刑法130条建造物侵入罪で現行犯逮捕する」
と言って、手錠を掛けてしまった。
 
そして警官は他の客に
「私の裸もお見せする予定でしたが、この人を連行しなければならないので、またの機会に」
と言った。
 
「待って。私、本当に女だって。さっきまで、ちんちんなんて無かったよ。このお風呂に入る前も座ってトイレしたんだから。そうだ、保険証を見て」
などと逮捕された人は言っているが、
 
「戸籍上女であっても、実際に男であれば、不法侵入は成立しますよ」
と警官は言い、その人に服を着せた上で連行していった。
 

「びっくりしたぁ」
「あの人、全然男には見えなかったのに」
「人は見かけによらないもんだね」
「しかし結局通報した本人が逮捕されたってこと?」
「究極の自爆通報だな」
「お金が無くて、留置場で夜を過ごしたかったとか?」
「宿代は踏み倒し?」
「請求されると思うけど」
などと残った客は言いあった。そして全員浴室に移動する。逆に浴室に居た客は「もう終わった?」といって、みんなあがってくる。何か騒動が起きているようなので、あがるにあがれずにいたようである。
 

星良は何だかよく分からないけど、助かったぁと思い、お風呂に入って、何故か膨らんでいるバストを洗い、それからタックしているお股を洗い、浴槽に浸かった。さっきの騒動の余波でまだみんなざわざわしている。
 
「君は女子高生?」
とAさんが訊いてきた。
「大学生です」
と星良は答える。実はまだ「女子大生」を名乗る勇気が無い。でもAさんは
「ああ、女子大生なんだ。それにしては若いね」
と言った。
 
バイクでツーリングに来て、金比羅さん・善通寺・銭形と見たあと、昨日は道後温泉に泊まり、今日は佐田岬の夕日を見て来たと言うと
「四国北側ゴールデンコースだね」
と言われる。
 
「鳴門の渦は見た?」
「帰りに友人と見るつもりなんです」
 
「でもバイクかぁ。いいなあ。私も免許取りたかったけど、親に反対されたのよね」
と言っている。
「今から取ればいいですよ」
「今度は旦那に賛成してもらえないでいる」
「大変ですね!」
 
「三従という奴だね。幼にしては親に従い,嫁しては夫に従い,老いては子に従う。女なんて面倒だよ。私、男に生まれたかった」
とAさんがいうと
 
「私はいつも男と間違われるから、いっそ男でもいいけど、性転換したらバレーやめないといけないから、女でいいや」
とBさんが言う。
 
確かにスポーツ選手の性別問題は厳密だろうと思ってから、星良はあれ?と思った。千里さんって、元男の子なのに、元日本代表と言ってたけど、それって女として日本代表になったのだろうか?それとも男として日本代表だったのだろうか?後者だとしたら性転換したから日本代表を辞めた??前者だとしたら性転換した後で日本代表になった?そんなことできるんだっけ???
 
星良はAさん・Bさんと話していて、この2人が姉妹であることを聞き驚く。しかもAさんが姉であることにも驚く。
 
「だいたい私が年上と思われるんだよね」
とBさん。
「ついでに兄と妹と思われるよね」
とAさん。
「まあいいけどね」
 

彼女たちと湯船の中で話していたので、30分近く浸かってからあがった。
 
部屋に戻る。
 
なんでバストがあるんだろうと疑問は感じたものの、細かいことは気にしないことにして(!?)、トイレでまた女の子風のおしっこをしてから、その日は寝た。やはり松山城の登り降りが効いたのか、その夜はぐっすりと眠った。
 

ちなみに、逮捕された人は、警察署での身体検査でも確かに男であることを確認され、男物の下着をつけることを強要され、男性未決囚と同じ監獄で恐怖の一夜を過ごすことになる。(但しどう見ても女にしか見えないので、たまたま同房だったヤクザの幹部が「絶対この人に手を出すな」と他の未決囚に厳命したことから、彼女は無事であった)
 
翌日朝、高知から弁護士も連れて駆けつけて来た“夫”は、妻は間違い無く女なので、男だというのは絶対間違いだと主張。弁護士の圧力もあり、再度身体検査をした所、女だということが確認された。それで検察に身柄を送られた上で即不起訴が決定され、釈放された(逮捕した場合、必ず送検が必要)。
 
夫は不当逮捕で訴えたいと息巻いていたが、妻の方は「もうこれ以上の面倒は嫌」と言ったので、告訴はしないことにした。なお、一晩男の身体を経験して再度女に戻ったせいか、もう7-8年セックスレスになっていたのが、夜の関係が復活。翌年、結婚15年目にして、2人の間に初めての子供が生まれることになる。
 
なお、この件では「深夜に男の監獄に侵入するなんて、さすがの私も恐かったよ」と千里2が文句を言ったとか言わなかったとか。
 
ちなみにこの生まれた子供だが・・・産んだのは夫の方ではという噂が、親しい友人の間にはあったらしいが、多くの人はまさかと言った。ただ少数の古い友人は「そもそもあいつ実は女ではという噂が昔からあったし」と言った。
 
ちなみにこの件で千里3は「人間は各々自分の本来の姿で生きるべきよね。割れ鍋に綴じ蓋っていうけど、鍋に穴があいてたら、蓋で煮炊きすればいいのよ」と謎の言葉を残している。
 
 
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【春変】(4)