【6251-2223】(1)

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目が覚めた。
 
僕はベッドの枕元にある黄色いボタンを押した。
 
天井から機械の触手が降りてくる。僕はパジャマのズボンとショーツを下げ、布団と毛布もめくった。触手が僕のおちんちんを掴むと、やわらかな刺激を始めた。
 
時々、なぜ僕たちはこういうことをしているのだろう?と思うことがあるがとりあえず、この毎朝のセレモニーは気持ちいいから、悪い気はしない。少し後ろめたい気持ちはあるのだけど・・・・
 
快楽が多分10分くらい続いたあと、精液があふれ出す。その精液は触手のそばにある容器に収められた。触手と容器が天井の穴に消えていった。僕はしばらく快楽の余韻にひたっていた。
 
やがて台所の方から「朝御飯だよ、6251-2223」と優しい声が聞こえる。僕は枕元に置いているパンティライナーをショーツに付け、ショーツを上げる。パジャマのズボンも上にあげて、パジャマ姿のまま台所に行った。今日の朝ごはんは、トースト2枚、ハムエッグ、野菜サラダにコーヒーである。
カロリーは620kcalと、台所の端末に表示されている。僕らの食事は基本的にきちんとカロリーコントロールされていて、僕は1日に21単位(1680kcal)を摂ることになっている。パーティーなどで食べ過ぎたりした後は数日間かけて調整が行われる。
 
端末に流れてくるニュースの類を見ながら、僕は朝御飯を食べた。食事はまあ美味しいよな、と思う。食事が終わると僕は食器を洗い、シンクのそばの水切りカゴに収める。さて、学校に行こうと思った時、『マザー』の音声が響いた。
「6251-2223、来月はクリスマスだけど、プレゼント何が良い?」
僕は少し考えてこう答えた。
「おっぱいが欲しいな」
 
『マザー』はしばらく考えていたようだったが、やがてこう答えた。
「君が条件を満たしていることは確認した。承認を取らなければならないので10分以上30分以内、待って欲しい」
「いいよ」
 
僕はトイレをした後、部屋に戻ると着替えを始める。タンスを開けて、真っ白いブラウスを取り出し、パジャマを脱いで身につける。リボンを付ける。寒いのでウールのベストを着た上で制服のブレザーを着た。ニーソを穿き、制服のスカートを穿いた。
 
僕の着替えは1年前までは男の子の服が支給されていた。しかし1年前のクリスマスに「女の子の服が着たい」とお願いしたら、それ以降、支給されるのが、女の子の服に変えられた。最初は家の中や近所に出歩く時だけそれを着ていたが、半月後に「承認が取れたよ」と言われて女子制服のセットも支給されたので、それで学校に出て行くようになった。
 
僕が女子の制服を着て学校に出て行った時、最初は学校の友人達も驚いたようであったが、「可愛いね」「似合ってる」などと言ってくれて、女の子の友人たちと一緒におしゃべりしたり、お茶を飲んだりする機会なども増えた。
 
タンスの中にあった男の子の服は、その1ヶ月後に撤去されていたので、僕は毎日ショーツ、ブラジャー、キャミソール、といった女の子の下着をつけ、スカートを穿くようになった。
 
僕が着替え終わり、今日持って行く教科書などを再確認していたら、マザーがさっきの返事をくれた。
「6251-2223、承認が取れたよ。クーポンを発行するから12月24日の夜22時に指定の病院に行くように」
「うん」
「それからバスト大きくしたらそれを支える筋肉が必要だから、これから毎日腕立て伏せ100回」
「わあ、頑張ります!」
 
僕は台所の端末から出て来たクーポンを学生手帳にはさむと、笑顔でマザーに「行ってきます」と言い、部屋を出た。自動でドアがロックされる。生体認証されるので、僕以外がこのドアの前に立ってもドアは開かない。古い時代には「鍵」というものを使っていたらしいが、現代ではそのようなものは必要無い。
 

バス停に行くと、やがて学校方面に行くバスが来た。乗り込む。何人か見知っている友人がいたので会釈する。奥の方にクラスメイトの美雪がいて手招きしていたので、行ってその隣に座った。
 
「ねえ、なんか今日数学の抜き打ちテストがあるらしいよ」と美雪が言う。
「えー?うっそー」
「行列の計算が出るらしい」
「きゃー、あのあたり、私怪しいのに」
 
学校まで行く間に、他にも何人か知っている子が乗ってきて、おしゃべりの輪が広がっていく。こういうの、楽しいなと思う。男の子していた時には無かった世界だ。バスから降りて学校の方へ行く。校門のところに立っている先生に「おはようございます」と言って、中に入っていく。校庭で野球部の女の子たちが朝練をしていた。
 
「わあ、みんな頑張るなあ」と僕が言ったら、美雪が
「そういえば、野球って、昔は男の子のスポーツだったらしいね」
「へー。そういうのって時代で変わっていくんだね」
「逆にバドミントンなんてのは昔は女子のスポーツだったらしいし」
「わあ。でもバドミントンできる女子は格好良いと思うよ」
「うん。私もー。でも男の子が野球してるところって、何か想像できないなあ」
「ほんとに。まさかミニスカートは穿かないよね」
「ズボンだったと思うよ。でも野球といえばミニスカートってイメージ強いもんね」
「うんうん」
 
朝の朝礼が終わり、1時間目は家庭科の時間である。女子が家庭科で男子は武道の時間となっている。僕も昨年までは男子だったので武道の方に参加していたのだが、女子制服で通学するようになってから、家庭科の方に参加するように言われた。一応、家庭科と武道は任意選択科目なので、女子が武道をして男子が家庭科をしてもいいことになっている。実際そういう選択をしている子もいるが、大半の女子は家庭科、大半の男子は武道を選択している。今日の武道は射撃らしかった。
 
「6251-2223がそっちに行ってから、模範演技できる奴がいなくて寂しいよ」
などと男子の5592-4124から言われた。僕は武道はあまり好きじゃなかったのだけど、射撃だけは得意で、200m離れた的に5発撃つ内、4発は的の中央に命中させていた。
 
「5592-4124だって結構上手いし、2133-5192とかも凄いじゃん」
「うん。確かに2133-5192は上手いけど、6251-2223ほどじゃないもん」
 
彼は突然小さい声に切り替えて言った。
「ね、6251-2223が女の子になっちゃったのって、もしかして狙撃兵になりたくないから? お前の腕があったら、高校卒業して兵役に行ったら、間違いなく狙撃隊行きだもん」
 
「うーん。確かに人を殺すのはあまり好きじゃないけど、仕事ならできると思うよ。でも、僕、元々女の子になりたいって、小さい頃から思ってたから」
「へー。それまで、そんな雰囲気無かったから、突然女子制服で学校に来た時は、ほんとにみんなびっくりしたよ」
「ふふ」
 

 
今日の家庭科は、卵料理をいろいろ作ろうということで、目玉焼きから始まり玉子焼き、オムレツ、オムライスと作らされた。グループ分けされていて、各グループでひとりずつ、どれかを作っていく。僕はオムレツの担当だったが何とかうまく形にまとめられた。
 
「わあ、上手。かなり腕を上げたね」
「うん。1年前は料理なんて、まともにしたことなかったから、目玉焼きで失敗しちゃったもんなあ」
「だいぶ練習したんでしょ?」
「一時期は毎日晩御飯に卵料理何か作ってたよ。玉子焼きが何とかできるようになったのが夏かな。オムレツは秋からかなり練習してるけど、まだ少し不満」
「いや、これだけできたら、かなり良いと思うよ」
 
授業が終わってから誘い合ってトイレに行く。僕が初めて女子制服で学校に出て行った日、先生から呼ばれて「君の女子制服の通学に関しては承認されているということで連絡が来ている」と言われ、トイレは女子トイレを使うように言われた。それまでおしっこをする時に小便器で立ってしていたのを個室で座ってするようになって、最初の頃はけっこう興奮してついオナニーしてしまったものだが、すぐに慣れて、ふつうにするようになった。
 
女子トイレは男子トイレと違ってどうしても待ち行列ができているが、個室が空くのを待ちながら友人達といろいろおしゃべりしたりするのもまた楽しみである。男の子時代は特に友人とそんなに会話することも無かったのだが、女の子になってから、おしゃべりの楽しさを覚えた。
 
2時間目歴史の後、3時間目は体育であった。僕は着替えは個室更衣室を使うことになっていた。僕のように、戸籍上男でも女子として通学している子、逆に戸籍上女でも男子として通学している子は各学年に1〜2人いるので、その子たちのために男子更衣室・女子更衣室以外に、個室更衣室が用意されている。
 
体育の授業も男女別であるが、これも最初はかなりの戸惑いがあった。結構男子しかしない種目、女子しかしない種目もあるので、最初野球などはルールも分からなくて、失敗した。せっかくヒット打って1塁に出たのに、ベースから離れてはいけないと知らずにタッチアウトにされたりした。
 
夏に水着を着て水泳をする時は「あのあたり」をどうしたらいいものか悩んだのだが、保健の先生が「こうやって着るんだよ」と教えてくれて、お股に男の子の物が付いているのが分からないように女子用スクール水着を着ることができた。
 
しかし、そうやってお股のところをカバーして女子用スクール水着を着ていても、胸が無いのがちょっと恥ずかしい気がした。それを同じクラスの女の子に言ったら「大丈夫だよ。由美子なんかも、こーんなに胸が無いから」などとそばにいたクラスメイトを引き合いに出された。「そこまで言わなくていいじゃん」と由美子は文句を言っている。
 
そうそう。僕たちは、男の子は全員数字6桁か8桁の識別番号で呼ばれているが(稀に4桁の子もいる)女の子たちはみな固有名を持っている。生まれて以来それでやってきているので、あまり不思議に思ったことも無かったが、1年前から女子たちと一緒に行動するようになって、そういえば何でだろう?と思った。先生に訊くと
「うーん。何故と言われても・・・・。もうこういう命名って200年くらい前からの伝統だからねぇ」
などと言われた。
 
識別番号は重複しないように付けられている訳ではないみたいで、例えば412432という識別番号の人は僕たちの学年に3人いる。学籍簿上では412432A,412432B,412432Cと区別されているが、戸籍上の名前は全員412432である。なんかこういう「ありふれた識別番号」というのが結構存在するようである。「817145」なんてのも多い。僕の識別番号「6251-2223」というのは珍しいようで、これまで同じ番号の人に出会ったことが無い。
 

クリスマスイブは友だちの女の子たちと友人の家に集まって、クリスマスパーティーをした。協力して、フライドチキンを揚げたり、ローストビーフを焼いたり、サンドイッチやピザを作ったりした。ワインで乾杯して(この国では16歳以上になるとアルコール類を飲んでも良い)、大騒ぎをした。
 
「おい」とかなり酔った感じの由美子が絡んできた。
「私も胸無いけど、6251-2223も胸が無いなあ」
と由美子は僕の服の中に手を入れて胸を触っている。
 
「今夜おっぱい大きくする手術しちゃうよ」
「えー?そうなの?手術許可が出たんだ」
「うん。どこまで許可が下りてるのかがちょっと怖い」
「自分から申請したの?」
「うん」
「私も豊胸手術の申請してみようかなあ」
「女の子は赤ちゃん産むまではなかなか許可降りないって言うね」
「そうなのよねー。でも私くらい悲惨に胸が無かったら許可出ないかなあ」
「試してみる手はあるね」
 
「うん。でもサイズはどのくらいにするの?」
「良く分からない」
「トランスで胸大きくする時、Bサイズとか選ぶ子が多いらしいけど、女の子になっちゃったら、Bじゃ絶対寂しいから。最低Dくらいにした方がいいよ」
「そうなんだ!実はBくらいでいいかなと思ってた」
「いきなりDとかEにすると最初は胸が重たくて肩もこるだろうけど、すぐ慣れるよ」
「ああ、すぐ慣れるだろうなとは思う」
 
「でも豊胸の許可が下りたってことはさ、実は全部許可出てるんじゃないの?」
「そうだったらいいなあ。それ期待してて、何年も許可が出ない子もいるっていうしね」
「ああ、時々いるよね。私と同じマンションの住人で胸は13歳で許可が下りたのに、下の方の手術はもう24歳になるのに、いまだに許可が下りないっていう人がいるよ」
「わあ、可哀想」
 

20時すぎくらいまでみんなで騒いで解散する。みんなかなり酔っていたが、僕は手術を控えているのでアルコールは控えていた。いったん自宅に戻ってから準備をして病院に行く。この国では病院というものは24時間開いているものということになっている。個人病院では、昼間だけ、あるいは夜間だけという所もあるのだが、総合病院は基本的に24時間対応である。昼間は風邪や怪我などの患者が多いが、慢性疾患の患者や、僕みたいな美容形成の患者は夜間に受診する場合が多い。手術室も夜間の方が空いているので、この手の手術は夜間と相場が決まっている。
 
フロント(年配の人たちは「受付」とか言うが、僕らの世代では「フロント」という呼び方で定着していた)で手首の所に埋め込まれている識別チップをかざすと
「事前診察をしますので、3階の美容外科に行ってください」
と音声が帰ってきて、番号札が出て来た。それを持って3階に上がる。
 
やがて自分の番号が表示されたのを見て診察室に入った。40歳くらいの女性のお医者さんだ。
「名前と生年月日を言って下さい」
「6251-2223です。****年10月13日生まれ」
「はい、本人ですね。豊胸手術を受けるということでいいですね?」
「はい、お願いします」
 
女医さんは端末に表示されているカルテを見ている。
「血圧・血糖値などは正常ですね」
と言われる。僕らは毎朝、これらの数値をチェックされている。
体温・脈拍なども含めて、これらの計測値に異常があれば学校は休みで自宅でマザーにより治療されるか、重い場合は病院に転送される。
 
「バストのサイズはどのくらいを希望しますか?」
「Eカップにしてください」
「おお、かなり大きいね、それは」
「どうせ大きくするなら、どーんと大きくしようと思って」
 
「こないだ来た男の子はいきなりJカップにしたいと言って、さすがにそれは大きくて辛いよと説得してFカップにしたんだけどね。Eでもかなり大きいけど、いい?」
「はい」
 

僕は念のためと言われ、Eカップになった場合の外見をシミュレーションで立体画像で表示される。また、Eカップにした時に身体にかかる重さを体感できるブラを付けさせられた。確かに凄い重さだ!
 
「Eカップのバストは片方で600g、両方で1.2kgですね」と女医さんが言う。
「重いけど、これでいいです」
「腕立て伏せはしてましたか?」
「はい。指示されていたので毎日100回してました」
「うん。筋力が無いとその重さを支えきれないからね。でも手術後はしばらく腕立て伏せは休んで下さい」
「はい」
 
「じゃ、病室は8階の827だから、そこで用意されている手術着に着換えてベッドの上で待機していてください」
「分かりました」
 
病室に行く。手首の識別チップの認証でドアが開くので中に入り、裸になってベッドの上に置かれていた手術着を着た。ベッドに横たわり、少し目を瞑る。豊胸手術は「けっこう痛いよ」と聞いていた。ちょっとドキドキ。
 
やがて看護婦さんが数人入ってきて「手術室に行きますよ」と言われ、ストレッチャーに乗せられた。がらがらと音を立てて、ストレッチャーが手術室に向かう。僕はもう目を瞑っていた。
 
手術室のある5階に着き、いろいろ機械を取り付けられた。
「名前と生年月日を言って下さい」とここで再度言われる。
僕が答えると「今から豊胸手術を行います。カップサイズはEカップを希望で良いですね?」
「はい」
「では全身麻酔をします」
と言われて注射を打たれると、僕は意識を失った。
 

目が覚めると病室にいるようだった。服は手術着から病室着に着替えさせられているようである。点滴の管が付いている。それはいいが、胸の付近が痛い!凄く痛い!!
 
近年の医学の進歩は著しいけど、身体を切り刻んだ時の痛みだけはどうしようもないのだと言われていた。それでも、昔からするとかなり軽減はされているらしい。
 
「目が覚めたらナースコールしてください」という紙がそばに貼ってあったのでナースコールのボタンを押す。看護婦さんが来てくれて
「気分はどうですか?」
と聞かれる。
「痛いです」
「うん。まあそれは我慢するしかないわね。血圧、血糖値、脈拍、みんな正常だから、朝の8時以降なら退院できます」
 
「はい、ありがとうございます」
「お医者さんからも説明あると思うけど、一週間はお風呂には入らないで。3日目、だから28日からはシャワーなら浴びていいです。それから手術後半年は絶対にノーブラで出歩かないこと。寝る時もちゃんとブラを付けていて」
「はい」
「じゃ、少し寝てるといいよ。睡眠薬なら出せるけど」
「ください」
 
看護婦さんが睡眠薬を持ってきてくれたので、僕はそれを飲んで寝た。
 

朝5時半頃目が覚めた。まだ痛いけど、手術のあとで意識を回復した直後よりはマシになっている。6時になると、診察しますと言われ、点滴の取り敢えず管だけ外されて、看護婦さんに連れられて診察室に行き、昨日事前の診察をしてくれたのと同じお医者さんから診察を受けた。
 
「傷口はもう完全にふさがっているし、問題無いね。どう感想は?」
「今は取り敢えず痛くて」
「まあ数日は痛いだろうね。今日はどうする?学校行く?休む?」
「学校行きます」
「うん。じゃ頑張ってね。8時に退院できるように手続きしておくから」
「はい」
 
僕は先生に点滴の針を抜いてもらい、病室に戻ると鞄から勉強の道具を出して取り敢えず宿題をした。よけい勉強に集中していると手術跡の痛みを気にしなくて済むことに気付いた。
 
7時半になったので僕はトイレに行ってくる。むろん僕は女子トイレを使うが、以前、小学4年生の時に盲腸で入院した時は男子トイレだった。僕はトイレの前で♀マークを確認して中に入った。男子トイレの方は青いタイルが使われているようであったが、女子トイレはピンクのタイルである。でも自分も女子トイレというものにすっかり慣れたなあと思っていた。でも今回胸を大きくしたので、もう「戻れない所」に来たということを再認識した。
 
個室で用を達してから手洗いのところで鏡に自分の姿を映してみる。胸結構大きいな、これ。ふふふ。何だか幸せな気分だ。ちょっと触ってみる。まだ触ったところが痛いけど、何だか嬉しさが込み上げてきた。
 
病室に戻り、学校の制服に着替えた。8時少し前に病室を出てフロントに行き退院手続きをした。
 
「今回の入院費・手術費は全額、基金から出ていますので個人負担は不要です。ではお大事に」と言われる。
 

病院前のバス停から学校方面行きのバスに乗る。バスを降りて校門の前で美雪と会ったので「おはよう」と言葉を交わす。
 
「あ!胸が大きくなってる」と早速指摘された。
「うん。手術が終わったからね」
「あ、そうか。昨夜、豊胸手術するって言ってたね。私もう酔ってて、何か半分夢うつつみたいな感じで聞いてた」
「美雪、かなり飲んでたもんね」
「うん。さすがに飲み過ぎた。少し頭が痛い。6251-2223は手術跡痛くない?」
「無茶苦茶痛い。でもおっぱい大きくなった嬉しさの方が勝ってる」
 
「でもこれ、かなりド派手に大きくしたね」
「うん。Eカップだもん」
「すげー。私だってDカップなのに」
「美雪も学年の中でかなり大きい方だよね」
「うん。おっぱいの触りっこで真っ先にターゲットにされるもん。6251-2223も早く女子更衣室で着換えられるようになるといいね」
「うん。早く行きたいって気持ちはある」
「そしたら、おっぱいの触りっこのターゲットにされるね」
「それもちょっと楽しみなような」
「うふふ」
 

 
学校の授業は28日までで、29日から1月3日まではお正月休みとなる。しかし僕はこの時期、1月中旬に行われる全国統一高校卒業試験に向けて勉強をたくさんしていたので、お正月休みといっても、実際には学校に出かけて、補習授業を受けていた。
 
高校卒業試験は男子と女子とでは受ける意味合いがかなり違う。男子の場合は、この試験は今年合格しなくてもよい。高校は3年で自動的に追い出されるので、卒業試験に合格しなくても卒業はさせてもらえる。そしてその後2年間の兵役があるので、その間に再度試験を受けて合格すれば、兵役終了後に大学に進学することができる。また兵役中に准士官の試験に合格した場合も高校卒業試験に合格したのと同等に扱われ大学に進学できる。
 
しかし女子の場合は兵役の義務がないので、みんな高校を出るとそのまま大学に進学する(大学に行かずにそのまま就職してもよい)。しかし高校卒業試験に合格していない場合、大学に入ることができないので多くは浪人することになる。浪人期間中は、けっこうな量の奉仕活動をこなさなければならないし、税金も学業修了者と同じ額払わなければならなくなるので経済的にもけっこう辛い。そこで女子は卒業試験にかなり必死になる。
 
僕の場合、女子制服で学校に行くようになった時点で戸籍上の性別が一応男ではあっても、性別取り扱い保留という処置が掛けられていた。これが掛かっていると、兵役に行く義務が無いので(希望すれば男子と同様に兵役に行ってもよい。これはふつうの女子も同じ)、2年間の兵役はしなくてもいいが、代わりに大学にそのまま入るのを目指すことになっていた。僕は医学部への進学を目指していたので、特に必死に勉強していた。医学部への進学には偏差値で70以上が必要とされていた。
 

31日の大晦日も夕方4時まで補習を受けて、ぐったりして帰ってきた。高3のこの時期、補習を受けているのは大半が女子である。男子も少しいるもののごく少数なので、学校がほとんど女子高のノリになっていて楽しいものの、勉強の方はかなりみっちり鍛えられている感じだ。
 
帰ってきたままベッドで少しぐったりしていたら、マザーが「晩御飯食べようね。今日は年越しそばだよ」と言う。
 
「うん」と言って起きだして、台所のテーブルに座り、用意された海老天そばを食べた。朝昼晩の食事は自分で作ってもいいのだが、一定の時刻になるとマザーが勝手に御飯を作り始め、用意してくれる。最初から頼みたい時は、そう依頼することもできる。僕はだいたい夕食は自分で作ることが多かったのだが、この日はちょっと疲れていたので、マザーが作り始めるのを待っていた。
 
晩御飯を食べて茶碗を片付け、(今日からOKとなった)お風呂に入ったあと、勉強をしていたら、マザーが「明日はお正月だから、オトシダマあげるよ」と言った。
「へー。お年玉か。何かちょっと楽しみ」
と僕は答えた。
 
21時頃、友だちから携帯に電話が掛かってくる。友だち数人に掛けグループ通話にしているようである。「新年のカウントダウンを楽しもう」ということで、みんなおしゃべりしながら勉強していた。時々分からない所をお互いに教え合う。こういうのは時々しているが、なかなか楽しい。男の子していた時には、こんなグループ通話なんて機能は使ったことが無かった。こういった友人同士のコミュケーションは、女子の方が熱心な感じである。
 
ネットのリアルタイム中継サイトで、深夜に国立中央ホールで行われている歌手たちが集まったカウントダウン式典の様子を見ていた。10秒前からステージに登っている歌手たちが数字を唱え始める。
 
「3・2・1・新年おめでとう!」
 
グループ通話している僕たちも「おめでとう!」と言い合った。その後、僕たちは夜2時頃まで、おしゃべりをしながら勉強を続け、「そろそろ寝ようか」ということになった。お正月も1日の午後から補習がある。
 

電話を切り、パジャマに着替えて、トイレに行ってきてからベッドに入る。寝ようとしたら、「今からオトシダマ」というマザーの声がした。
 
「何がもらえるの?」
「オトシダマだからね。君の玉を落としちゃう」
「え?」
「睾丸を抜いちゃうから」
「えー!?」
 
「抜かれたくない?」
「ううん。抜いて欲しい」
 
「じゃ、玉を抜く前に最後の精液抜きをするよ」
「うん」
 
いつも毎朝しているように、天井から触手が出て来たので、僕はパジャマのズボンとショーツを下げ、布団と毛布をめくった。
 
触手がおちんちんを掴む。ゆっくりと刺激。ああ、この快楽もこれが最後かと思うと少しだけ寂しい気もしたが、睾丸を抜かれるというのは、女の子の身体になるための大きなステップだ。10分ほどで僕は頂点に到達し、射精し、その液はいつものように容器に採取された。
 
こうやって採取された精液がどう使われているかは僕らは説明を受けていない。でもどこかで子供を作るのに使われているのは間違いない。精液の採取は小学5年生の時から始まったが、たぶん僕の子供がこの8年間で数十人くらい生まれているであろうことは想像に難くない。
 
精液の採取は男子全員が受けているわけではないようである。全員朝に射精はさせられるのだが、容器で精液を採取されているのは、男子の中でも2割くらいのようである。どういう基準で選ばれているのかは、よく分からない。
 
射精の余韻が収まった頃、マザーが「じゃ、手術するよ」と言った。
僕は頷く。
 
天井から多数のアームが降りてきた。豊胸手術のような大きな手術は病院でしか受けられないが、簡単な手術は、個人の住居で受けられる場合があるとは聞いていた。ただ、そのための器具などはあらかじめその住居に設置する必要がある。僕は、この手術器具はいったい、いつここに取り付けられたのだろうと少し疑問に思っていた。やはり、豊胸手術を申請して承認が降りた時点で、去勢手術の準備まで行われたのだろうか?
 
「部分麻酔でするから、身体を動かさないで」と言われる。
「はい」
 
注射針が刺されたような感覚があったが、その後は何も感じなくなった気がする。「手術の様子見たい?」と聞かれたので「見たい」というと、鏡が降りてきた。お股のところに多数のアームが集まっている。わあ、と思った。自分では分からなかったが、きれいに剃毛されている。
 
「準備が終わったから、今から手術を始めるからね」
「うん」
 
超音波メスで陰嚢が切開される。独特の変な臭いがする。鉗子のような感じのアームが陰嚢の中に入れられ、睾丸が取り出された。剪刀が睾丸に付いている精索をスパっと切断した。わあ、あっけないと思う。鉗子がもう1個の睾丸を取り出し、そちらも精索が切断された。切断された箇所の処置がされた後、残った部分は陰嚢内に戻される。縫合機が切開した後をあっという間に縫ってしまう。手術はほんの1分ほどで終了した。すごーい!と思って僕はその様子を映画でも見ているかのように見ていた。
 
出血した後がガーゼで拭き取られた。
「睾丸は回収することになっているから」と言われる。
「うん。別に僕は要らないから」と答えると、手術用のアームがみんな天井の穴に帰って行った。
 
「明日はお風呂もシャワーもしないでね。1月2日からはシャワーしてもいい。3日からはお風呂に入ってもいい」
「了解。今夜、お風呂に入ってて良かった!」
「そうだね。今夜入ってなかったら、10日間、お風呂に入れない所だった」
「触ってもいいの?」
「切開したのは睾丸を取り出すのに必要な1cmだけだからね。そこには朝までは直接触らないようにして。それ以外の部分は触ってもいいよ」
 
「おちんちん立つかな?」
「もう立たなくなってると思うけど、それも朝までは立てようとしないで」
「うん。もう朝の精液採取は無くなるんだね」
「そうだね。もう精液も無いから」
「分かった。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
 

翌朝目を覚ましたら6時少し前だった。いつもなら起きるとすぐにアームが降りてきて、射精させられるのだが、それが来ない。何か物足りない気持ちだったが、僕はとりあえずトイレに行ってきた。
 
おしっこをした後で、陰嚢を触ってみる。わあ!確かに玉が無くなってる!って、手術の様子を自分で見てたのに、と思って少し笑ってしまう。
 
でも豊胸手術の後の痛みは3日くらい続いたのに、去勢の痛みはもうほとんど無い。豊胸では胸に挿入するバッグ(自分のIPS細胞から作られた脂肪で作られたもの)を埋め込むために長さ10cmくらいの切開が行われるので無茶苦茶痛いのだが、去勢は1cm程度だから、その分、痛みが消えるのも早いのだろう。手術に掛かる時間も豊胸は1時間掛かるが、去勢は1分である。
 
ふつうに朝御飯が出て来たので食べる。今日はお正月ということで「お餅」
という特別なものである。ふだんでもオーダーすれば出してもらえるが、お正月や誕生日の食べ物として定着している。お餅の食べ方も色々あってどれも美味しいのだが、特に1月1日の朝御飯では「お雑煮」という料理に仕上げてあった。
 
「手術の痕は傷まない?」とマザーが尋ねる。
「うん、もう殆ど痛まないよ」
「それは良かった。今日は君のために『振袖』が用意してあるからクーポンを持って服屋さんに行って着せてもらうといい」
「わあ、あれ着たかったんだ!」
 

振袖は16歳になったら女の子がお正月に着ることのできる美しい服である。去年のお正月は僕はもう家の中では女の子の服を着ていたのだけど、まだ、女の子の服に切り替えたばかりで、振袖を着ることはできなかった。今年はもう1年間、女の子の服で過ごしてきたので、着てよいことになったようであった。
 
台所の端末から出て来たクーポンを持ち、外出の用意をして出かける。バスに乗って町に出て、指定されている服屋さんに行く。お正月なので振袖を着るために来ている女の子がたくさん並んでいた。
 
僕はお店にある5種類の標準タイプの中のどれかを選ぶように言われ、赤い色調がベースで、鳥や花の柄の振袖を選んだ。店の奥に誘導され、着せてもらう。この振袖を着るのが、なかなか大変で、複雑な手順を必要とした。慣れている人がやってくれているはずなのに、着終わるまで30分ほど掛かってしまった。
 
「あなたは今年は成人式ですね」
「あ、はい」
この国では18歳で成人である。
 
「成人式でもまたこの振袖を着てもらいますから、今日は帰ったら脱いで畳んでおいてください。たたみ方の解説書お渡ししますね」
「はい」
「成人式が行われる2月1日に、この振袖を持って、うちに来てください。また着付けをしますので」
「ありがとうございます」
 

お店を出てから、まずは初詣に行く。
 
友人たちと一緒に行くことにしていたので待ち合わせ場所まで行くと、みんな振袖を着て、集まってきていた。
 
「わあ、可愛い。6251-2223ったら、振袖が凄く似合うね」
「僕も今かなり感激している。去年まで指をくわえて見ていたから」
「去年は初詣どうしたの?」
「ひとりで行ったよ。セーターとスカート着ていったけど」
「電話してくれたら一緒に行ったのに」
「その頃、美雪たちの電話番号知らなかったもん」
 
女の子10人ほどで一緒に神社の境内に入り、参道を歩いて行って、拝殿前でお祈りをする。手首の所のバーコードを使って、僕はお賽銭に600ユニット支払った。
「お賽銭、幾ら入れた?」
「私は600。美雪は?」
「わあ頑張るなあ。私は300入れた。普段なら100なんだけどね。卒業試験の合格祈願」
「私は、卒業試験の分と、早く完全な女の子になれますようにって」
「なるほど」
 
「実は昨夜去勢されちゃったんだよね。突然言われてびっくりしちゃった」
「わあ、じゃもう男の子じゃなくなったんだ」
「うん。今朝起きて触ってみて、玉が無くなってるの再確認して、とても嬉しい気分になった」
「じゃ、次はもう性転換手術だね」
「うん。そこまで既に承認されているのか、あるいはあらためて申請しないといけないのか・・・」
「明日あたり、夜中に突然手術されちゃったりして」
「あはは。だといいなあ」
 
その日は振袖のまま学校に出かけてみんなと一緒に午後から補習授業を受けた。
 

1月前半はとにかく卒業試験に向けての勉強で明け暮れた。
僕たちはグループ通話にして、夜2時くらいまで一緒に話ながら勉強をしていた。
 
1月15日、僕らは高校卒業試験を受けた。
男子と女子は別会場なのだが、僕は女子たちと一緒の会場が指定されていた。試験は国語、数学2、外国語、理科2、社会2の5教科・8科目で、800点満点の300点以上取れば一応合格だが、国立大学に行きたいなら500点以上、僕が狙っている医学部に行きたい場合は700点以上は取っておかないと厳しい。
 
「どう?感触は?」
と僕たちはお昼休みに中庭に集まり、お弁当を食べながら話していた。
 
「私、ダメかも・・」などと由美子が言っている。
「まだこの後の試験で挽回できるよ」
「でも私、国語に賭けてたのに、回答欄が最後まで行ったら1つずれてたのよ!」
「ああ、それはよくありがちだから、時々確認しないといけないのよ」
 
試験は2日間にわたって行われた。僕はかなり良い感触で試験を終了した。しかしさすがに2日間にわたって凄い緊張の中にいると、クタクタになる。試験終了後、友だち同士で集まり、ロビーでしばらく話した後、みんなで一緒に町にでも行って打ち上げしようかなどという話になり、がやがやとやりながら会場の門を出た。
 
その時、こちらに救急隊員のような人が近づいてきた。その向こうには救急車が駐まっている。
 
「6251-2223さん、いますか?」
「私ですけど」
「緊急入院していただきますので、一緒に来てください」
「え?なんで入院なんですか?」
「今夜、性転換手術を受けていただきます」
「えー!?」
 
「嫌なら拒否もできますが。但しその場合、以後10年は性転換手術は受けられません」
「受けます!」
「では行きましょう」
 
美雪たちが「わあ、良かったね」「頑張ってね」などと言っている。僕はみんなに手を振り、救急車に乗り込んだ。
 

救急車はサイレンは鳴らさずに、ふつうに走って病院まで行った。
 
病院で念のため手首の所の識別チップ、更に生体認証で本人確認がされてから、診察室に行き、簡単なチェックをされる。先生から手術の方式の説明を受け、手術同意書と何かあっても文句言わないという誓約書にサインをした。これでもう僕は「まな板の上の鯉」も同然である。
 
病室に入り、病室着に着換える。1週間入院することになる。点滴の針を刺され術前の点滴をうけた。
 
男性の看護師さんから「性転換手術前に1度射精してみる?」などと言われたが「もうこれ立ちませんから」と言ったら「僕行かせるのうまいよ」などと言われた。「じゃ。試しに」というと、看護師さんは僕のおちんちんを握り、ゆっくりと刺激を始める。
 
何?この感覚。。。。。
 
「君、機械射精しか経験無いでしょ?」「あ、はい」「上手な人の手でやるともっと気持ちいいし、女の子との生セックスすると、もっと気持ちいいんだよ」
「そんな、性転換をためらわせるような言葉掛けないでください」
と僕は笑って言った。
 
確かにそれは物凄く気持ち良かった。しかしそれでも「逝く」感覚までは到達しなかった。「うーん。けっこう自信あったんだけどな」と看護師さんは何か悔しがっていた。
 
「でもね。ここで射精を勧めるのは、まだ迷っている子をふるい落とすためでもある」
と看護師さんは言った。
「ああ、そういうことですか」
「やっぱり男を捨てたくない、と思っちゃう子がたまにいるんだよね」
「まあ、手術しちゃったら、もう元には戻せませんからね」
「僕は最後のゲートキーパー」
「私はそのゲート、通過したみたいね」
 
「見るのも嫌ですから、しないでくださいという子が半分」
「そうでしょうね」
「射精はするけど、これで思い残すこと無くなりました、と言う子も多い」
「そのタイプは更に揺すぶれば落ちるかも」
「うん。実はそう」
 
「私、どうせ射精に至らないだろうと思ったし」
「君、去勢してからあまり時間たってないよね」
「1月1日に去勢しました」
「ああ、それでかな。まだ身体が男性的と思ったから、行けると思ったんだけど」
「私、心はもうずっと前から女ですから。去勢されて、毎朝の射精から解放されてホッとしましたから」
「なるほどね」
 
看護師さんは更に、ここに来る子の色々なパターンを話してくれて、その後、女性の看護師さんと交替した。女性の看護師さんは、今度は女の子の大変さをいろいろ話してくれた。
「さっきの看護師さん、『僕が最後のゲートキーパー』って言ってたのに、もうひとり、ゲートキーパーがいたんですね」
「ふふふ。よく分かってるね、君」
「ここで男の立場、女の立場から、揺さぶりを掛けて、思い直してしまう子をふるい落とすんですね」
「まあ、そういうシステムよ。あなたには効かないみたい」
「ええ。今すぐ手術室に連れてってもらってもいいですよ」
 
「まあ、あと30分したら連れていくね。それまで世間話でもしましょ」
「はい」
 
実際、彼女との会話はその後、ほんとに雑談になってしまった。生理の話や、世間を生きていて感じる男女差別の感覚なども話してくれるが、生理の話なんてここ1年、同級生の女の子とたくさん話しているので、時々、向こうがたじたじとなっている感もあった。
 
「へー。じゃ、君、パンティライナーを常用してるんだ!」
「ええ。下着をあまり汚さないようにするのに便利なんです、あれ」
「でもお股に余計なの付いてたら、パンティライナーとかナプキンとか付けてたら、邪魔にならない?」
「僕のは、ふだんとっても小さいから、あまり邪魔にならないです。でも早く取っちゃいたいなとは思ってましたけど」
「そっかー」
 
やがて手術の時間になった。お医者さんが部屋まで来て、僕に最終的な意志の確認をされた。「僕がお願いします」と言うと、手術着に着替えさせられ、ストレッチャーに乗せられた。
 
看護師さんたちの手で手術室まで運ばれる。
「今何時ですか?」
「23時40分。手術の執刀はたぶん0時ちょうど頃に始まると思う」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 
豊胸手術の時と同様に、手術室の控え室でしばらく待つ。やがてひとつ前の手術が終わって、僕の番になった。手術室の台に乗せられ、様々な器具を取り付けられる。最後にもう1度意志確認をされてから、麻酔を打たれた。
 

目が覚めると、病室にいた。まだ麻酔が効いているようで、下半身の感覚が無い。手を伸ばしたら、「何か棒のようなもの」にぶつかったので、あれ?何か身体に支えでも付けられているのかな?と思ったが、身体を少し起こしてみて、それが自分の足であることに気付いた!
 
感覚が消失していると自分の身体も「ただの物体」なんだなあ、と私は改めて思った。
 
やがて女性の看護師さんが来て「あ。目が覚めましたね」と言う。
「はい」
「痛いですか?」
「まだ麻酔が効いているので」
「切れたら痛くなると思いますが、我慢できない痛みだったらナースコールしてください」
「はい」
 
目が覚めてから1時間ほどたってから麻酔が切れ始める。確かに痛い!
でも、豊胸手術の時よりは痛みが少ない気がした。
 
点滴をされている。おしっこはカテーテルでベッドそばにつり下げられたビニール製のバッグに導かれていた。病室には気が紛れるようにということで軽音楽が流れている。
 
やがてお医者さんが検診にまわってきた。
「気分が悪いとかはありませんか?」
「はい、それは大丈夫です。あの付近が痛いですけど」
「まあ。それは痛いから。あまり我慢できないようだったら薬を処方しますが痛み止めで痛みが無くなるわけでもないからね。100痛い所が80くらい痛いくらいに軽減されるだけだから」
「はい。痛いのは覚悟で手術受けてますから」
「うんうん」
 

結局その日はひたすら痛みに耐えていた。夕方くらいに美雪たちクラスメイト数人が御見舞いに来てくれた。
 
「手術した所見た?」
「まだ。見るのはたぶん3日後くらいになるだろうって」
「わあ。痛い?」
「痛い。でも豊胸手術の時がもっと痛かったよ」
「ええ? やっぱり、私、豊胸手術申し込むのやめようかなあ」と由美子。
 
「でもこれでとうとう女の子になれたんだね。退院が楽しみだね」
「うん」
「退院の時に名前をもらうんだもんね」
 
手術が完了したのと同時に私は戸籍上の性別が女に変更されたはずである。同時に名前も男の子式の「6251-2223」という識別番号から、女の子式の固有名に変更されたはずだが、その新しい名前はまだ聞いていない。退院の時に教えてもらう習慣になっている。
 

最初の日は何も食べずに、点滴だけで過ごした。翌日からふつうの御飯になった。点滴は3日目までされていた。その3日目に包帯を取られて、手術された所をお医者さんにチェックされた。
 
「うん。きれいになってるね」と言われた。
私も自分でその付近を見て「わあ」と思った。きれいに女の子の形になっていた。
 
「カテーテルも抜きますから、このあとは自分でトイレに行っておしっこしてください。ただし、かなり飛び散ると思うので、きれいにアルコールで消毒してくださいね」
「分かりました」
 
その日のお昼御飯を食べたあと、私はおしっこをしたくなったので、トイレに行ってみた。女子トイレに入るのは、手術前と変わらないし、個室に入って便器に腰掛けるのも1年前からしていることだ。でも、パンティを下げた時、今までそこにあったものが無い。おしっこする時の筋肉の使い方はは今までと変わりませんよと言われていたが、確かに同じ要領で出た。でも、
 
飛び散る!きゃあと思う。飛び散ると言われていたから掌で押さえていたので病室着は汚さなかったものの、足のつけね付近からお尻に掛けて、もうびしょ濡れである。まずはトイレットペーパーで拭き、それからトイレ備え付けのアルコール綿でお股の付近を丁寧に拭いた。手術直後は特に飛び散るらしいが落ち着いてもけっこう飛び散るというのは最初から言われている。ホースが付いていないから方向のコントロールがしにくいのは女の子の身体の根本的な問題だから、それも承知の上で受けた手術である。
 
でも、大変ではあったけど、何かこれ悪くないな!という気がした。おちんちんなどというものが身体から消滅したのは、とってもいいことだ。
 
病室に戻り、ベッドに寝て、暇なので美雪たちに持ってきてもらった本を読む。そういえば試験の首尾はどうなったのだろう?試験会場からそのまま病院に連れて来られたが、どっちみち試験の結果が分かるのに1週間かかる。ちょうど退院と同時くらいの発表になりそうだ。試験に合格していれば合格証はちゃんと新しい女性名で発行されるということも聞いている。まあ、合格は間違いないと思うけど。問題は偏差値がどのくらい出ているかだ。それによって受検する大学を決めなければならない。(各大学の2次試験は面接だけなので、高校からの現役受験者の場合は、卒業試験の成績順に取られると考えた方が良い)
 
病室に電話が掛かってくる。美雪だ。
 
別に何か用事があった訳ではなかったようだが、電話しているとかなり痛みが紛れるので、ゆっくり話そうなどといって2時間くらい通話していた。途中で由美子も割り込んできて、3人でのグループ通話になった。
 

手術から一週間たち、経過も順調だったので退院の許可が出た。病院から連絡が行っていたようで、『マザー』の管理局の人が病室まで来た。
 
「性転換おめでとう。これであなたも完全な女の子ね」
「ありがとうございます」
「男子の義務になっている高校卒業後2年間の兵役は完全に免除されます」
「はい」
「その代わり、大学を卒業した後2年間の生殖奉仕はしてもらいます」
「はい。それはそのつもりです」
 
男子が高校を卒業した後2年間兵役の義務があるのと対の義務で、女子は大学を卒業した後2年間の「生殖奉仕」の義務がある。この間に妊娠可能な女子は人工授精によって、最低2回は妊娠させられる。この国で生まれる子供の8割はこの生殖奉仕によって生まれる。生殖奉仕は最低2年間だが、子供を産むことが好きな人は最大5年間まで奉仕できる。生殖奉仕をしている間の生活費は全て国庫持ちである。
 
私のように子供を産む能力のない女子の場合は、代わりに若い男性のセックスに奉仕することになっている。病気感染のリスクを避けるためにきちんとコンドームを付けた上で20歳以上30歳未満の男性と毎日最低2回最大5回のセックスをする。この国の男性の大半のセックス体験は、このセックス奉仕での体験とされる。このセックスで男性は1回5万ユニットの料金を支払い、セックスした女性はその内2万をもらって、3万は国庫に納められる。そこでセックス奉仕を2年もすると、一財産得られるので、妊娠能力があることを隠してこちらをしようとする人もいるが、たいていすぐバレる。
 
ただ、このような妊娠やセックスの奉仕から免除されるケースもある。それは大学を卒業する前に結婚してしまうことである!
 
そこで女子大生の婚活は熱心である。男子は兵役が終わって20歳から4年間大学に通い、女子は高校を出てすぐ大学に行くので18歳から4年間になり、大学生は男女の年齢差がある。そこで、ここでカップル成立する人たちも多いのである。結婚してしまえば、生殖能力の有無にかかわらず、妊娠やセックスの奉仕をする義務は無い。
 
「さて、あなたの名前ですが」
と管理局の人は言う。
「はい」
「雛菊(ひなぎく)になります」
「わあ、可愛い!」
 
「この名前はね。あなたのご両親が付けた名前なんですよ」
「両親!?」
 
「現代社会では子供は共同養育がふつうで、自分達で子育てするカップルはめったに居ませんが、あなたのご両親は実は最初自分達で育てようとしたんです。それで、あなたに『雛菊』という名前を付けていたの」
「え?男の子なのに雛菊なんですか?」
 
「男の子だったけど、ご両親は女の子が欲しかったみたい。それで女の子の名前付けて、女の子として育てていたみたいね」
「わあ」
「でもあなたがまだ1歳にもならない内に、飛行機事故でご両親は亡くなったのよ」
「そうだったんですか」
 
「あなたの男の子としての名前、6251-2223というのは、実は『ひなぎく』そのものだったのよ」
「え?」
「もう滅んでしまった太古の言語にポケベル語というのがあってね。数字だけで様々な文字を表現できるんだけど」
「はい?」
「『ひなきく』というのをポケベル語で表記すると6251-2223になるんだな」
「へー」
 
「だから、あなたは最初から『雛菊』ちゃんだったのよ」
「わあ、あの数字にそんな意味があったなんて」
「だから、これはあなたのご両親が愛情を込めて付けた名前」
「親というシステムがよく分からないから、その愛情とかいうのもよく分からないけど、何となく良いなって気がします」
「しかも、あなたったら、ご両親が望んでいたように、女の子になっちゃったし」
「面白いですね」
 
「じゃ、雛菊ちゃん。女の子になって色々戸惑うこともあるかも知れないけど頑張ってね」
「はい、頑張ります」
 
私は管理局の人に深くお辞儀して見送った。
 
そうそう。私は手術が終わった後、自分のことを『僕』ではなく『私』と呼ぶようになっていた。
 

退院して、自宅に戻ったら、玄関の前で、美雪・由美子など女の子の友人が5人待ち構えていた。
 
「わあ、みんなどうしたの?」
「退院祝いしてあげようと思って待ってたよ」
「わあ、寒いのに。ありがとう。すぐ開けるね」
 
私が玄関の前に立ちドアに手を当てるとドアは開いた。
 
みんなで中に入る。美雪たちが持ってきてくれたものをテーブルの上に並べる。私は冷蔵庫からワインとジュースを出して来て栓を開け、グラスを並べて、ワインを飲みそうな子のグラスにはワインを、ジュースを飲みそうな子のグラスにはジュースを注いでいった。
 
「そうだ、名前は何になったの?」
「えへへ。『ひなぎく』だって」
「わあ、可愛い!」
 
「それでは、ひなぎくの退院とここにいる全員の卒業試験合格を祝って乾杯!」
と美雪が言い、みんなで乾杯!と言ってグラスをぶつけた。
 
「あ、じゃ由美子も合格してたのね」
「うん。400点行ってた。これだと何とか行きたかった大学に行けそう」
「良かったね」
「ひなぎくは、まだ自分の点数見てないよね」
「うん」
「ひなぎくの受験番号が合格者リストにあるのは確認したんだよね。点数は分からないけど」
「じゃ、ちょっと見てみよう」
といって私は端末を操作し、卒業試験の点数を確認した。
 
「750点だね。歴史の点数が悪かったなあ」
「750点も取っておいて『悪かった』とか無いよね」
「ほんと、ほんと」
 
「でもそしたら国立中央大学の医学部は厳しい?」
「厳しいかも。1ランク落とそうかな。あそこ行く人はみんな780点とか790点とかだもん」
「ひぇー、どうしたらそんな点数取れるんだろう?」
「世の中には信じがたい頭の出来の人たちがいるんだよね」
「いや、あれ絶対天才の男と天才の女を掛け合わせて作られた子だよ」
「そうかもね」
「だいたいふつうの子は最後まで問題解くだけでも大変。かなりの速度で解かないと全問回答できないもん、あの試験」
 
「だよねー。私も一応全問回答したけど1度しか見直す時間が無かったもん」
と私が言うと
「見直す時間が取れるなんて異常」
などと由美子に言われた。
 
その日は高校の授業から解放された自由な気分もあって、みんなで0時近くまで飲みあかし食べあかし、結局全員私の家に泊まった。みんなが泊まるというと、マザーは急遽布団を5セット、届けてくれた。こういうところはマザーというのは、実に寛容である。
 

2月1日、私はその朝発行されたクーポンと、お正月に着た振袖を持ち、先日の服屋さんを訪れた。クーポンを見せると着付けをしてくれる。髪は前日に綺麗にセットしてもらっていた。
 
中央公民館に行く。ここで成人式が行われるのである。美雪たち友人の姿もあり、私たちは寄り合って、記念写真を撮ったりしていた。高校の担任の先生も来て、集まれる範囲のクラスメイトが集まって集合写真も撮る。女の子たちはほとんどが振袖を着ている。男の子たちは4月から兵役に就くので、軍服を着ている子が多い。
 
私はみんなに新しい名前が「ひなぎく」になったことを話した。
 
「わあ、可愛い名前」
「振袖姿も可愛い」
「でも、完全な女の子になって成人式を迎えられて良かったね」
「うん、ありがとう」
 
私はわりと仲の良かった男の子にチョコと御守りを配った。毎年2月に女の子が男の子にチョコをあげるのは古くからの伝統的習慣であるが、御守りはひとつひとつ、伝統の織り方で織った布で作った小さな袋に、特別な拾いかたをした石を入れたものである。退院して以来、私はこの御守り作りにかなりの時間を使っていた。
 
「わあ、チョコありがとう」
「兵役行っても死ぬなよ」と私は真剣に男の子たちに言う。
 
今、うちの国はどこかと戦争をしている訳ではないので、そう簡単に戦死することはないのだが、国連の派兵で戦争をしている場所に出て行くことはあるので、そういう国際紛争の調停役として行った先で、毎年数十人単位の戦死者は出ている。
 
「ありがとう。お前の御守り、特に玉を取った奴からもらったものなら、玉に当たらなくて済みそうな気がするよ」
などと言われた。私はそんな口をきいた男の子を1発殴り
「無事帰ってきたら、このお返しに私を殴れ」
と言った。
「よし。ひなぎくを殴るのを楽しみにしておくよ」
と彼は言っていた。
 
やがて式典が始まる。
 
偉い人の祝辞が続く。これは子供の時代が終わってこれからは大人として人生を歩んでいく者たちへの祝辞だが、私の女としての人生は今始まったばかり。18歳の旅立ちは私にはとても前途洋々としたものに思えた。
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